単品怪談

安アパートの事件


 安アパートに住む女性が惨殺された。女性は臨月で、遺体は腹が引き裂かれ、中にいたであろう胎児が持ち去られていた。

「ったく、やなヤマだな。猟奇殺人は気が滅入っていけねえ」

「ガイシャは独身で、ほとんど引きこもり状態だったそうです」

 現場を訪れた年輩刑事が言い、部下の若い刑事が応える。

「男はいたんだろ」

「それが、アパートの他の住人に訊いても、見たこともないと」

「じゃあ、外でやってたってことだろ。──にしても、なんなんだ、この本の量は」

 年輩刑事は、女性の部屋にある本棚を眺めて言った。六畳一間の小さな部屋の壁一つをほとんど占領した本棚に、年輩刑事には聞き慣れないタイトルの書籍が並んでいる。

「魔術とか、オカルト系の本ばかりですね。そういう趣味があったんでしょうか」

「オカルトおたくってやつか? 酔狂なこった。ああ、ちくしょう、ひでえ臭いだなあ。なんの臭いだこれは」

「血の臭いでは?」

「んなものはすぐわかる。これは、なんつーか、生ゴミとか魚の臓物とか、そんなだ」

「そう言えば、ここに来る前に検死の先生から聞いたんですが、先生が言うには、ガイシャの腹部は内圧によって破られたのではないかと」

「中から破られたってことか?」

「だとすれば、天井にまで血が飛び散っていることも説明がつきますが」

「おめえ。じゃあガイシャの腹の中にいたのはなんだってんだ」

 そのとき、二人の刑事は獣のようなうなり声に気づき、振りむいた。背後にいたものの正体を理解する前に、この世ならぬものと女の間に生まれた邪悪な生き物は、刑事たちに襲いかかった。


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