幕末の京都──深夜。
帷子ノ辻からほど近いとある神社の境内に、若い侍と宮司らしき男性がいた。
「ここでございます。古文書を解読して、ようやく秘法がわかりました」
若い侍に、宮司が言った。
境内──正確に言うなら本殿横にある小さな湧水池のほとりに、二人は立っていた。
二人の視線の先にあるのは、池の中央に立つ、三つの鳥居を組み合わせて三角柱にしたような、奇妙な構造物であった。
京都に現存する三柱鳥居
「四方向から参拝すると聞きましたが、あれでは三方向ではありませんか?」
若い侍の質問に宮司はニヤリと笑い、空を指さして答えた。
「上でございますよ。──いえ、この場合は天と言うべきでしょうな」
「これを使えば、薩長どもにひと泡吹かせることができると?」
軽く咳き込みながら、若い侍は言った。
「失礼ながら、事態は皆様方の不利に動いておりますれば。ここは『荒ぶる神』の力をお借りしてでも、きゃつらをなんとかせねばと思い立った次第」
「……わかりました」
しばし考えた後、若い侍は言った。
若い侍の言葉を受け、宮司は奇妙な形の鳥居に向かって、祝詞を唱えはじめた。宮司の祝詞に呼応するように、鳥居内側の空間に青白い光が生じ、次第に大きくなってゆく。
それを見た若い侍は刀の柄に手をかけ、無言で宮司の背後に迫った。一瞬後には、宮司は地に伏し、絶命していた。
「宮司殿。私たちは、妖しの力を借りてまで勝とうとは思いませぬよ」
若い侍──新撰組一番隊組長、沖田総司は言った。慶応三年、春のことであった。
百有余年後の現在も、その奇妙な鳥居──三柱鳥居は静かにたたずんでいる。