単品怪談

墓地へ行く影


 万次郎は今年六十になる。
 万次郎が暮らす村は、年寄りが多い、東北の貧しい寒村であった。
 村人は老いも若きも常にひもじい思いをし、毎年何人かはちょっとした病で簡単に死んでいった。
 葬列に参加するたびに、万次郎は次は自分の番ではないかと、言いようのない不安に駆られるのだった。
 そんなある日、万次郎は幼い頃に祖父から聞いた話を思い出した。
 それは、旧正月頃の満月の日に、誰にも気づかれないように屋根に登ると、その年に死ぬ運命の者が死に装束を身に着け、村はずれの墓地へひっそりと歩いて行く姿が見られる、というものだった。
 万次郎は自分の目で確かめてみようと思った。
 見てどうなるというものでもないのは万次郎もわかっている。また、もし話が真実だったとしても、いや真実ならなおのこと、当の死ぬ運命の者にそれを告げても詮ないことであろうことも。
 それでも、この村で次に誰が死ぬのか、確かめずにはいられなかったのだ。
 ついに旧正月を数日過ぎた満月の夜が来た。
 真夜中、家人が深い眠りについているのを確認して、万次郎は屋根に登った。
 夕方までちらちらと降っていた雪もすでに止み、風もない空は晴れ渡り、満天の星空であった。
 村の墓地は、集落の家々の間を縫うように通る道の先にある。墓地そのものは屋根の上からは見えないが、墓地へ行こうとする者は、必ずその道を通ることになる。
 万次郎は寒さに身を震わせながら、その道に目をこらした。
 そのときであった。
 墓地への道を歩く者がいることに、万次郎は気づいた。
 川岸の家の、オタネ婆であった。
 常であれば髪が乱れても気にも留めずに孫の守りをしているオタネ婆が、きっちりと髪を結い、真っ白な死に装束を身に着けて、雪の夜道をとぼとぼと墓地へ向かって行くのが見えた。
 その日、万次郎が見たのはオタネ婆だけだった。
 オタネ婆は、その年の夏が終わる頃に死んだ。






 万次郎は、その後も毎年旧正月頃の満月の夜、必ず屋根に登った。
 そして、そのたびに誰かが一人さびしく、あるいは二人並んで、墓地への道を歩いて行く姿を見ては、さびしくつらい吐息をついた。ごくまれに誰も通らない年もあり、そんな日は万次郎はほっと胸をなで下ろすのであった。
 そんなある年の旧正月頃の満月の夜。
 例年通り屋根に登って墓地へと続く道に目をこらしていた万次郎は、ふと、視界の下、自分の家から誰かが出てきたのに気づいた。
 誰か家人が自分の姿が見えないのに気づき、外へ探しに出たのだろうかと万次郎は思った。
 屋根の上から声をかけようとした万次郎であったが、外に出てきた人物はあたりをキョロキョロと見回すでもなく、そのまま歩き始めた。
 その人物に見覚えがあるような気がしたのも道理、それはまぎれもなく万次郎自身であった。
 万次郎は、死に装束を着た自分自身が墓地へ続く道を歩いて行くのを、息を呑んで、ただ見送るしかなかった。
 翌朝、万次郎の様子がおかしいことをいぶかった家人が問うと、万次郎はこれまでのことと、昨夜見たことを話した。
 万次郎はその年の秋頃に死んだ。
 今から百年ほど前の、大正時代中頃の西津軽郡柏村(現在のつがる市柏)での出来事である。







原話提供:レムパパ様


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