単品怪談

陳さん美食を語る


 まず、お腹の大きな女性が必要です。できれば6ヶ月か7ヶ月頃がよろしいな。人種はどうでもよろしいが、アジア系が喜ばれると聞いております。
 年齢は、若いにこしたことはありませんが、それよりも重要なのは、母体がすこぶる健康であることです。昨今は食品添加物にまみれた食品が多くて困ります。
 あと、環境のいいところで育った女性であること。中国の都市部は、もういけません。いくら混じりけなしの食品を食べていても、大気に問題がありますからな。
 かと言って、地方は大丈夫かと言えば、これがそうとも言えない。地方に進出した大企業の工場などが汚染物質を川に垂れ流していますからな。
 加えて、最近では売春によってHIVに感染した女性も多いので、調理前にはあらゆる検査が必要になります。
 これはという食材が手に入っても、検査で引っかかって食べられないということがしばしばあるそうです。
 聞くところでは、幼い頃からオーガニック食品で育てた娘を使うことも考えられているようです。こうなりますと、料理を口にできるまでに少なくとも十数年はかかることになりますな。まあそれも、安全で美味いものを食べるためには必要なことかも知れません。

 さて、調理に取りかかる前に、妊婦の首を落とし、充分に血抜きをいたします。これをおこたると、臭みが出ていけません。これはあの「食材」を調理する場合には、大事なことです。あらかじめ羊水を抜いておく場合もあるらしいのですが、これは好みであるようです。あと、この調理には必要ではないので、手と足も付け根から切っておきます。
 ご心配なく。首や手足は、別の料理で使用いたします。貴重な食材です。捨てるなどと、そんなもったいないことはいたしませんよ。
 妊婦の身体はきれいに洗い、全身に香油を塗ります。
 これを、全身が入る大きさの窯に入れて、ざっと丸一日、トロ火でじっくりと焼きます。そんな大きさの窯を用意するだけでも大ごとになりますから、そういう意味でも、この料理はむずかしいわけですな。
 そうしてじっくり焼き上げたものが、ワゴンに載って、テーブルまで運ばれます。このあたりは、北京ダックや子豚の丸焼きと同じです。
 給仕がナイフで腹を断ち割り、胎児を取り出します。湯気が上がっているそれを見ると、もうよだれが止まりません。こうしてお話ししているだけでも、よだれが垂れそうになります。
 細かく切り分けられたそれを、酢醤油や塩で食べるのですが、何もつけなくても絶品だと思いますな。

 味ですか。
 さて、どう表現すればいいものですか。
 誰一人として、この料理の味を表現できる者はいないのではありませんかなあ。言葉で表現できる味などと言うのは、しょせんその程度のものでしょう。

 ああ。
 生きているうちに、もう一度あれを食べる機会があるでしょうかなあ。
 こればかりは、金を積めば食べられるというものではありません。
 あれに比べれば、普通の人間の肉など、どうと言うことはありません。
 こんなお話でよろしいですか。
 誓って他言無用ですぞ。
 あなたの身を案じて申し上げるのです。
 よろしいですか。
 よろしいですか。
 それでは、これにて。







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