カナガワくんの話
大阪と東京でデザイン・スタジオを開いている、中学時代からの友人、カナガワくん(仮名)の話。
仕事場にしているマンションで、日付がそろそろ変わろうかという時刻。
電話が鳴った。
『あのー、○カワさん?』
聞き取りにくい、か細い女性の声。聞き覚えはない。
前半部分がよくわからなかったのだが、うかつなことにカナガワくんはついうっかり、
「はい」
と答えてしまった。
すると、電話の相手は、いきなり、
『帰ってきました』
と言った。
「えっ」
『帰ってきました』
相手はもう1度繰り返した。
カナガワくんは混乱した。
(帰ってきたって、誰よ)
先日亡くなった、知り合いのコピーライターが頭に浮かんだりした。
もちろん、そんなはずはない。
「……あの、ドチラさまですか?」
『ハヤシです』
「えっ。どちらのハヤシさんですか?」
『ハヤシマヤです』
「あのー、こちらはカナガワですが、ドチラへおかけですか?」
『あっスミマセン、間違えました』
……電話はそれで終わった。
結局、普通の間違い電話であった。
「それっきりやからね、別にどうってことはないんやけど、『帰ってきました』っていうのが、スッゴク怖くてさー。
どこから帰ってきたんだよーと、小さくパニックになったよ」
カナガワくんはそう語る。
私の話
間違い電話には違いないんだけど、どうも間違いの状況がよくわからなくて……
2003年4月現在、現在の家を新築で購入して5年半になります。
前の家からは離れたので、電話番号も変わりました。
NTTに申し込んで、新しい番号が決まって。
引っ越して間もなく、何件かの間違い電話がありました。
「**さんですか」
「いえ、ナカジマです」
「あ、失礼しました」
番号が変わったばかりだから、前の所有者に対してかけてくる人が多いんだろうな、しばらくは仕方ないな……と思っていたんです。
いずれおさまるだろうと、そのときは思っていたんです。
ところが、今もまだ、「**さん」あての間違い電話があります。
かかってくる電話の、おそらくほとんどは、違う人物からのようです。
前述の通り、この家に引っ越し、新しい番号になってから、5年半過ぎています。
5年過ぎてなお、古い番号にかけて来るというのは、ちょっと納得できません。
引っ越すなり電話を使わなくなれば、普通はハガキや電話などで、知り合いや関係機関に知らせるものではないでしょうか?
現に私はそうしました。けっこう手間がかかるのも事実ではありますが。
この間違い電話がかけている相手の「**さん」は、そういったことを一切おこなっていない節があります。
電話はほとんどが母親が取りますが、2度ほど私が受けたこともあります。
1度目は、何かの会員組織からで、「**さん」に連絡を取ろうとしたとのことでした。
「こちらは5年前に家を購入し、この番号も同様に5年前から使っているのですが、あなたと**さんというのは、どういう御関係なのですか?」
こういう質問をしてみた所、**さんが会員になっているらしい組織からの電話とわかりました。納得していただけたので、ここからかかってくることは、もうないでしょう。
もう一つは、知り合いらしい人物からの物。かけてきたのは女性でした。
前述の質問をしてみた所、ややこしいと思ったのかどう思ったのか、切られてしまいました。
あまりにも奇妙なので、私なりに推理してみました。
通常、電話による連絡手段は、日常不可欠です。
従って、番号が変われば、すぐに必要な所に知らせるのは当然のこと。
それをしていないとすると、──もしや失踪?
夜逃げか何かかも知れないなあ……と、私は考えています。
誰か別の人間に電話を受けさせて、実は「**」なる人物は身を潜めている……
そう思われているのではないか。
何度も何度もかけてきているのは、金融関係の人間ではないのか。
そう思わせないため、友人を装って、かけてきているのではないか。
つまり、私や母親が、「**」を隠していると思われているのかも。
迷惑な話ですね。
そんなヤツをかばったり隠れさせたりする義理は、これっぽっちもないのですが。
何かから逃げるため、誰にも連絡先を知らせずに消えたんだろうなあ……
それがもっとも納得できる理由です。
母親はそのあたりがよくわかっていないので、この電話を受けると、「よく調べてかけてください」なんて言ってますが、番号は合ってるんだよね。(笑
ちゃんと調べてかけ直したら、またかかってくるんだって。
繰り返しますが、今の番号になって、5年半たっています。
今もまだ、「**さん」あての電話が、たまにかかってきます。