境内の木に鎌を突き立てて縁切り祈願することで有名な寺が大阪市内に存在する。数年前の失恋を引きずる中島君がその寺に参拝に訪れたのは、秋も深まった頃であった。
参拝してすぐに立ち去るのも惜しい気がして、中島君が境内のベンチに腰掛けていると、新たな参拝客がやってきた。五十代半ばの中年男性と、三十歳前後の女性であった。
男性は中島君に気づくと軽く頭を下げ、鎌の刺さる木にお参りした。お参りを終えた男性は、中島君の横に腰掛けた。一方、連れの女性は奇妙なことにベンチには腰掛けず、男性のそばに無表情で立ったままだった。
やがて男性は問わず語りに参拝理由を話し始めた。
もう数十年も昔、好きだった従姉妹がいたこと。その従姉妹が不倫して妊娠出産したこと。乳呑み児を実家に残して別の男と出奔したこと。身体を売って男に貢いだあげく捨てられ、スラム街でのたれ死にしたこと。
従姉妹が出奔した後、従姉妹両親は娘を捜したが、行方はわからなかったという。
「いまだそれを忘れられない自分の妄念を絶ち切りたくて。……いや、お恥ずかしい話です。それではお先に」
そう言うと男性は立ち上がり、門に向かった。女性もその後をついて門を出て行った。
男性と女性が寺を出た後、中島君は男性の話につじつまが合わない点があることに気づいた。
両親でさえつかめなかった従姉妹の消息が、なぜ男性にわかったのか。男性は従姉妹を見つけたのではないか。男性の従姉妹は、本当にのたれ死にしたのか。
そして──もしやさっきの女性は。
中島君の背筋が冷たくなった。
ある恐ろしい可能性に思い当たった中島君は、あわてて門を出て、左右を見回した。
だが、男性の姿はすでにどこにも見当たらなかった。