S君の話。
青森で幽霊話というと「八甲田山雪中行軍」にまつわる怪談が超有名ですけど、僕も一つ、体験談ありますよ。
5~6年ぐらい前の話なんですけどね。
当時大学生だった僕は、10月の連休にゼミの仲間と日帰り旅行に出かけたんですよ。
男四人、女四人、車2台で、温泉とバーベキューという、ありがちな組み合わせで。
バーベキューで腹が満たされたところで温泉にゆっくり浸かって、まあなかなか充実した休日でしたね。
日が暮れる前に帰ろうと出発して、その帰り道に、青森刑務所のそばを通ったんですよ。
そのときに、黒木ってやつが、「ここで昔、ひどいことがあってさ」と言い出しまして。
で、黒木が話したのが「黒木典獄事件」で。
ええ。青森監獄に収監されていた囚人が虐待されて、何人も死んだ事件。あれです。
事件の現場になった川にも行きましたよ。事件当時とは違っているとは思いますけど。
車を降りて、全員でぞろぞろと川べりを歩いて。
事件にまつわる怪談があるというのも、黒木から聞きました。
このあたりで、虐待されて死んだ囚人の幽霊が出ると。
「あれ? 黒木鯤太郎(くろき こんたろう)って、黒木、もしかしてお前の御先祖とか?」
と、話を聞いていた一人が言うと、黒木はうなずきました。
直系ではないが、家系上はつながりがあるらしい、と。
「じゃ、こんなところに子孫のお前が来たら、復讐されるんじゃね?」
誰かが茶化して言ったとき、白いものが降ってきたのに気づきました。
「え? 雪? まだそんな時期じゃないだろ?」
その日はそんなに寒くもなかったし、降水確率も低く、雪どころか雨の予報もなかったはずなのにおかしいなと思う間もなく、雪が激しくなってきました。
ぶっちゃけた話、吹雪でした。
車からそんなに離れていないはずなのに、横殴りに吹きつける雪のため、何も見えません。
「冗談じゃねーよ、青森市内で吹雪で遭難って、ありえねーよ!」
誰かが叫びました。僕だったかもしれません。
そのときでした。
真っ白でよくわかりませんでしたが、吹雪の向こうから、誰かがやってくるのがわかりました。十人ぐらいいたような気がします。
助かった、と思ったのですが、僕たちの近くまで来たその人たちの姿を見て、僕たちは息を呑みました。
みんな、ボロボロの囚人服を着て、靴も履かず、まるでゾンビのようだったんです。
その人たちは、ふらつきながらこちらに近づいてきました。
ついさっき黒木から聞いた怪談話を、その場の全員が思い出したと思います。
「お前のせいで」
幽霊の一人が、黒木を指さして言いました。
「お前のせいで、俺たちは」
他の幽霊も言いました。
幽霊の目当てが黒木なのは明白でした。
黒木鯤太郎の子孫である黒木に対して、恨みを晴らそうとしているのは。
吹雪の寒さと幽霊の恐怖とで、僕たちはガタガタと震えました。
今だから言えますが、心のどこかで、黒木を置いて逃げようかとも思いましたね。ええ。
「許してやってください!」
一人が幽霊に向かって叫びました。
「黒木は関係ないじゃないですか! 子孫ってだけで恨まれるなんてひどいじゃないですか! お願いします! 許してやってください!」
ここはもう、全力であやまって許してもらうしかない、と思いました。
僕たちは全員、吹雪の中で土下座して、幽霊にあやまりました。
必死でした。とにかく、怒りを解いてもらおうと。
で、ですね。全員と言いましたけど、土下座してあやまったのはそこにいた全員ではありませんでした。
黒木自身はおびえきって土下座もできないような状態だったんですが、もう一人、女の子が土下座しませんでした。
じゃあどうしたのかと言うと、逃げたわけじゃなくて、怒りだしたんですね。幽霊に対して。
「いいかげんにしなさいよ!」
そう叫んで、幽霊たちを怒鳴りつけたんです。
「あんたたち、逆恨みもいいところじゃないの! 黒木君は子孫かもしれないけど、それだけじゃないの! なんでそんなことでいちいち恨まれないといけないの? 祟るんなら黒木鯤太郎を祟り殺せばよかったでしょ! それができなかったからって、見当違いな恨みもたいがいにしなさいよ! はっ倒すわよ!」
見当違いというなら、彼女の言い分も見当違いなわけですが、驚いたことに、彼女の言葉に、幽霊たちがとまどいの表情を見せたんですね。
幽霊たちはお互いの顔を見合わせて、やがて、吹雪にまぎれて姿が消えました。
吹雪もすぐに止み、それまでが嘘のように晴れてきました。
僕たちは全員、土下座の格好のままで、その場で呆然としていました。
と、幽霊を怒鳴りつけた女の子がその場にぺたんと座り込み、泣き出しました。緊張から解放された反動だったのでしょう。つられて他の女の子たちも泣き出しました。
体験談は以上です。
後日談というほどではありませんが、幽霊を怒鳴りつけた女の子は、その後、黒木の嫁さんになりました。黒木は尻に敷かれているようですが、まあまあ幸せにやっているみたいです。
結婚してから、二人は結婚記念日に、この体験をした場所に花を供えに行っているんだそうです。
黒木は怖がっているそうなんですが、嫁さんが「私たちが結婚できたのは、あの人たちのおかげだから」と言っているそうです。
これも供養の一つかもしれませんね。