お祖母ちゃんちへ
夏休み。田舎のお祖母ちゃんちへ行くことにした。連絡はしなかったけど、お祖母ちゃんはいつも家にいるから、大丈夫と思う。
お祖母ちゃんちへは、ローカル線の汽車、電車じゃなくて汽車に乗って行く。一両だけの汽車だ。僕以外、お客がいない。
汽車がお祖母ちゃんちの駅に近くなると、窓の下の方にお祖母ちゃんがいる村が見えてくる。まわりを山に囲まれて、そこだけぼこっとヘコんだように見える。汽車から見えるのは木ばっかりだけど、その中にお祖母ちゃんちもあるはずだ。
駅に着いてホームに降りても、誰もいない。
僕は改札口の回収箱に切符を入れて、お祖母ちゃんちへ歩き出した。お祖母ちゃんちは、ここからけっこう遠いんだ。
かやぶき屋根
お祖母ちゃんちが見えてくると、玄関にお祖母ちゃんが立っているのが見えた。どうして僕が来るってわかったんだろうか。
「よう来たねえ」
家の前で、そう言ってお祖母ちゃんが出迎えてくれた。
ふと、誰かに見られているような気がして、お祖母ちゃんちのかやぶき屋根を見上げると、人のような形をした黒いもやが、屋根の上にいた。
ポンプ井戸
お祖母ちゃんちの裏には、古い、手押しポンプ式の汲み上げ井戸がある。
「昔なあ、ここでぎょうさん人が死んだんよ」
もう井戸水は出ないはずの、井戸の手押しポンプを上下に動かしながら、お祖母ちゃんが言う。
「この下の深あいところに、ぎょうさん埋まっとるんよ」
ごぼ、とポンプから変な音がした。
ごぼ。
ごぼ。
夜の部屋
夜寝るときは、お祖母ちゃんが部屋の中に蚊帳を吊ってくれる。
お祖母ちゃんちの広い部屋の真ん中に布団を敷いて寝ていると、部屋の中に僕だけじゃなくて、他にも誰かいるような気がする。
起き上がるのは怖いので、布団に寝たまんまの格好で、顔だけ動かしてまわりを見る。
全身真っ黒な人が、部屋の隅っこに、体育座りで座っていた。
電気を消しているせいで真っ黒なんじゃなくて、明るくても同じだと思った。
朝になったら、その真っ黒な人はいなくなっていた。
きっと、屋根の上にいた、もやみたいな黒い人だと思う。
夜のトイレ
お祖母ちゃんちは広いので、夜におしっこに行くのはちょっと怖い。
小さな電気しか点いていない長い廊下を歩いていると、少し先を、僕と同じ格好をした子が歩いていて、トイレに入った。「え?」と思ってトイレの戸を開けると、誰もいなかった。
子供たち
お祖母ちゃんちに遊びに来て二日目。少し遠くまで歩いてみた。前の方から、僕と同い年ぐらいの子が歩いてきた。
このへんに何か面白いものはないかなと思って、僕はその子たちに声をかけた。
その子たちは、「何もない」「自分たちは、この先のダムで釣りをするのだ」と、僕を見上げて言った。
「おいさんは、どこん人?」
と訊かれたので、僕はお祖母ちゃんの家に来ていることを言った。別れたあと、後ろで「あっちに家があった?」「なかろうもん。ダムだけっちゃ」と言っているのが聞こえた。
変なことを言う子だなと思った。
お別れ
お祖母ちゃんちとも今日でお別れ。
玄関を出ても、お祖母ちゃんはいつまでも手を振っていた。かやぶき屋根の上には、来たときや真夜中の部屋で見た、あのもやみたいな真っ黒な人が、いっぱいいた。なんとなく、手を振っているように見えた。
お祖母ちゃんと、真っ黒い人にも手を振った。
お祖母ちゃんちを出て駅まで行く途中、いつか出逢った子たちとすれ違ったが、僕の方を見てぼそぼそ話していて感じ悪かったので、僕からは声をかけなかった。
駅に着くと、もう汽車が停まっていた。切符を買うところが閉まったままだったので、そのまま汽車に乗った。
僕が乗ると、すぐに汽車が動き出した。
汽車の窓から、お祖母ちゃんちの村が見える。水がいっぱいのダムの下、そこにお祖母ちゃんちがある。
ローカル列車にて
ある鉄道の車両基地、そこに置かれていた廃棄予定の気動車車両内で、人が死亡しているのが見つかった。
見つかったのは近くに住む無職男性(61)で、数日前の早朝に「お祖母ちゃんちへ行く」と言って家を出たきり、行方不明になっていたという。しかし男性の祖母はすでに故人で、男性の郷里は20年前にダム建設によってダム湖の底になっており、近くを通っていた鉄道路線も現在は廃線になっている。
奇妙なことに、男性は全身が水浸しであったという。
警視庁は男性の死因を含め、現在調査中。
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朗読:ビストロ怪談倶楽部様