単品怪談

戒壇めぐりにて


 我ながら妙な嗜好とは思いますが、戒壇めぐりが好きです。
 寺の本堂などの地下に設けられた明かり一つない回廊を、手探りで歩くというもの。
 我が家から電車で三十分ほどのところにある寺院にも戒壇めぐりがあり、参拝のたびに立ち寄っています。ここの戒壇めぐりは闇の中で錠前に触れるタイプで、一度入ると、出口まで明かりはありません。






 その日は早い時間だったせいか、戒壇めぐりの入口受付は無人でした。この寺ではしばしばあることなので、窓口に料金百円を置いて、回廊への階段を下りていきました。
 何度も訪れて慣れているとはいえ、やはり右手で壁を探りながら恐る恐る歩きます。
 歩きながら、ふと、前方に何やらざわめいた雰囲気があることに気づきました。

 ──先客か。あまり速く歩いて、ぶつからないようにしないと。

 そう思い、注意しながら歩いて、いつも通り錠前に触れ、回廊を進みました。その間、ざわざわとした人の気配がずっと周りに漂っていましたが、何を話しているのか、内容までは聞き取れませんでした。
 やがて、誰かにぶつかるということもなく、出口にたどり着きました。
 出口の階段を上がると、受付の方が入口についたてのようなものを置いていました。
 こちらに気づいて少しあわてた様子で、

「あ、もうしわけありません。今日は、一般の方はご遠慮いただく日なんですよ」

 ああ。信者とか檀家とかだけだったのかな、そう思っていると、受付の方は続けて、

「本日は当寺院の施餓鬼会でございまして、亡くなった方に心おきなく戒壇めぐりをしていただくために、本日だけ、一般の方にはご遠慮を……」

 思わず出口を振り返りました。
 しばらく見ていましたが、誰一人として出てきませんでした。







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