十年ほど前、長野くんが友人の筒井くんと二人で沖縄旅行へ行ったときの話。
内定も決まり、学業の方もなんとかなりそうなので、オフシーズンの十月の平日に出発した。宿は観光案内所で適当に決めた。場所は沖縄本島中心部からは離れていて、建物も普通の沖縄風民家であった。
民宿を経営しているのは中年のご夫婦で、家族は他に中学生の娘、小学生の息子、そしてご主人の母親であるオバァがいた。
昼間は適当にドライブ、夕方は宿の子供たちの遊び相手、夜は泡盛ががんがん振る舞われ、三線が「チャン♪」と鳴れば、あとはお決まりのカチャーシーだ。
そんな旅行の、最終日。
朝食を終え、部屋でくつろいでいたとき、筒井くんの様子がおかしくなった。部屋の真ん中に正座して、突然泣き出したのだ。号泣、というのでもない。声を上げず、ただはらはらと涙を流しているのだった。そのただならぬ様子に、長野くんはご主人たちを呼んだが、ご主人たちもなすすべもない。
困り果てていると、遅れてやってきたオバァが筒井くんを一目見るなり、「ああ、こりゃかかいムンだわ」と言って、筒井くんと向かい合って座った。そうして、なにやら筒井くんに話しかけていたが、あまりにもディープな琉球語で、まったく聞き取れない。
しばらくすると筒井くんは我に返ったが、たった今自分に何が起こっていたか、まったく記憶していなかった。
「結局、何が起こったのか、オバァが何を話しかけていたのか、わからずじまいです。当の筒井は何も覚えていませんし、オバァも二年前に亡くなりましたしね。……でも、ひ孫を見せられたし、まあいいかなって」
──ひ孫?
「俺の嫁さん、当時中学生だった、民宿の娘なんです」