現在の町内の悩みは、不審火だ。
町と言えば聞こえはいいが、市町村合併で「町」となっただけで、実態は過疎の村である。住民は老人ばかりで、一番の若手である私にしたところが六十なのだ。
「おとつい、田丸のばっちゃんとこの物置小屋がやられたんだと」
倉木老人の家に立ち寄ったときに、そう言うと、倉木老人はぼそりと言った。
「……田丸のばっちゃも、この村を嫌っでたでな」
「じいさん、そりゃどういうこっちゃ。田丸のばっちゃんは半年前に死んだがね」
だが倉木老人はそれ以上何も言わなかった。──その倉木老人も、先週亡くなった。
その夜も、町内の自警団で不審火の見回りを行っていた。ばかでかい懐中電灯を肩に提げ、家々を回る。
誰も口には出さないが、誰もが、すでに共同体としての体をなしていないこの村に、嫌気がさしていた。倉木老人のあのときの言葉も、そんな思いから出たのだろう。
前方に揺れる明かりに気づき、私は足を止めた。明かりは、明らかに松明であった。
「なんしよるがっ!」
私は目を疑った。誰何した声に振り向いたのは、死んだはずの倉木老人であった。
気がつけば、あたりには松明を持った何人もの人がいた。あれは去年死んだ河本の婆さん。あれは先々月に首をくくった山田さん。あれは。あれは。
火を点けていたのは、死者だったのだ。皆、この村の「現実」にうんざりしていたのだ。
ふと気づくと、私も松明を持っていた。
高揚感が身体に満ちてゆく。松明の火が服に燃え移ったが、なに、気にすることはない。
祭りだ。祭りだ。火祭りだ。
生者も死者も、くびきから逃れて、炎の中で、舞い踊れ。