単品怪談

神田氏の死


まず事実関係から:神田与次郎(かんだ よじろう)
         神田クリニック院長
         某日23時、都内某所のマンションにて、
         妙齢の女性と「歓談中」に死亡。
         享年57

「先生っ? 先生ってば!」

「……ん。ああ。……すまんすまん」

「もうっ! 急にガクッとなるから、死んじゃったと思ったじゃないのー!」

 しなだれかかる女に生返事を返し、神田氏はベッドを出て、洗面所へ向かった。
 鏡の前で、自分自身の脈を取る。……ない。
 瞳をのぞき込み、洗面所の明かりを付けたり消したりして、瞳孔反応を見る。動きはほとんどない。

(俺は死んだらしいな……。年甲斐もなく無理をしすぎたか……)

 心停止からけっこう時間が過ぎている……今から措置をしても、蘇生は無理であろう。
 自分が死んだことに、不思議なほど動揺はなかった。

(女がクラブのホステスでよかった……。うちの看護婦だったら大騒ぎになっているところだ。女のマンションで腹上死なんて、とんだ恥さらしだからな)

 とにかく、早急にここを出て、それらしい場所で死なねばならんな。
 だが待て、遺体の検死をされたら、死亡時間がおかしいのがばれてしまうぞ。
 どうする?

(そうだ。明日の午後、東北大学で報告会があったんだった)

 考えはまとまった。他人がどうなろうと知ったことではない。
 何しろ神田氏は、すでに死んでいるのだ。
 神田氏は女のマンションを出た。



 翌日、成田発/青森行きの航空機が、「ハイジャックされた」という連絡の後、消息を絶った。
 航空機は八幡平山中に墜落しているのが発見され、乗客乗員234名、すべての死亡が確認された。

 死亡者名簿の中に、神田氏の名前もあった。
 神田氏は、目的を達成したようである。


後日談:
事故後、事故現場の近くにおいて、奇妙な目撃談が何件か報告されたが、事故現場によくある怪談話として、誰も気にとめなかった。
目撃者の言によると「形は人間っぽいが、ぐちゃぐちゃしてわけのわからないもの」が、ふらふらと歩いていた、という。
その「ぐちゃぐちゃしたわけのわからないもの」が神田氏かどうかは、不明である。


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