「神代先生。昨日はお疲れでした」
樋口真奈美の家に訪問した翌日、愛徳女子高校の職員室。
パソコンを操作していた中年の男性教師が、声をかけてきた。
「いえいえ。──なんです? インターネットですか? エッチな画像でも?」
「勘弁してくださいよー。いくらなんでも、ここでそんなもの見れませんよー。
えらく奇妙な事故──いや事件かなこりゃ──がありましてね」
男性教師が見ていたのは、新聞社のサイトだった。
「都内の、わりとここから近いところで、男子高校生が部屋の中で死んでいたらしいんですけどね。
その死亡状況が奇妙というかなんというか……
──死亡原因が全身打撲だって書いてあるんですけどね。
ほら、見てくださいよ。脳挫創に内臓破裂ですよ。ねえ。
どうやったら、部屋の中でこんな死に方が出来るんですかねえ。
状態を見る限り、まるで高いところから落っこちたような死に方ですよ、これ。
それともうひとつ。頭頂部の髪の毛がむしり取られているらしいんですよ。
どういうことなんでしょうね? そんなことしてなんの意味があるんでしょうね?
──ね、奇妙でしょう?」
神代は一瞬、目を細めた。が、すぐその後に言った。
「やめてくださいよー。なんだか気味が悪いじゃないですか」
男性教師もあまりこの話題で引っ張るのはまずいと思ったのか、話題を変えた。
「そう言えば先生。勤務は今日まででしたよね。なんか残念ですよ。
──送別会、おことわりになったんですって?」
「どうも、そういう席は苦手でして。ごあいさつも済ませましたし。申しわけありません」
神代は頭を下げた。
「生徒たちも残念がりますよ。神代先生は人気があったから」
その言葉には直接答えず、神代はもう1度頭を下げて職員室を出た。
神代冴子──密教の法具「独鈷杵」を持ち歩く女性教師は、樋口真奈美が想いを遂げたことを確信した。
樋口真奈美の強烈な怨念は、その手に握られていた髪の毛を一目見ただけでわかった。
したがって、ごく簡単な呪法だけで充分であった。
神代冴子はほんの手助けをしたにすぎない。
さて、次だ……
神代冴子は、次に臨時教師として赴任する女子高校のことを思った。
神代冴子はそこで黒神由貴と会うことになる。
そのことを、神代冴子も黒神由貴も知るよしもなかった。