単品怪談

片っぽだけの靴






 うどん屋は何年も前にたたんでしもたけど、まあいろんなやつがおったわ。
 どろぼう市場で物売ってる連中なんか、ひどいもんやったわな。粗大ゴミとか拾ってきたもんを並べてるのなんかまだ可愛いほうで、家の軒先に置いとる自転車とか洗濯機をかっぱらってきて売るやつおったしな。
 ああ、そう言うたら、一人、おかしなやつがおったなあ。
 夕方、日が暮れかかった時分に、うどんの出前の途中で見かけたんやけどな。
 六十ぐらいかなあ。貧相な顔したオッサンが、ゴミみたいなもんを並べて売っとるんやけど、そん中に靴が片っぽだけあってな。履き古した作業靴が、片っぽだけ。
 出前の帰りに見ても、そのままで。
 そらそやわなあ。靴片っぽだけなんか、誰が買うちゅうねん。
 そう思て靴を眺めとったら、横から手が伸びて、それがすっと持ち上げられてな。見たら、労務者風の男が、靴を持っとんねん。

「買うんか」

 オッサンがそう言うたら、その男は「返してもらうで」ちゅうて、すーっと歩いていってしもてな。

「ちょお待てや! 何さらすねん!」

 オッサンが声を荒げて立ち上がってな。
 そのときに気ぃついたんやけど、靴を持っていった男な、片方の足の膝から先がなかったんや。せやのに、杖もついてないのに、普通に歩いとんねん。
 オッサンもそれに気ぃついたみたいで、さーっと青ざめてな。バタバタって片付けて、逃げるみたいにどっか行ってまいよった。
 それでやっと思い出してな。
 ちょっと前に近くのJRの駅で飛び込みがあって、高架下に千切れた足が落ちとったちゅう話。その足、なんでか裸足やったちゅうんや。

 悪い事はでけんちゅう話やわな。


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