高等部2年だと、そろそろどうすっかなあというのが、クラス内で話題になる。
つまりまあ、進学先をどうするか、という話題だ。
星龍学園はガチガチの進学校ではないが、それでもほとんどの生徒が進学の道を選ぶ。ごくまれに体育系で実業団に入ったり、親の仕事を覚えるために親の会社に就職したりという例がある程度だ。
普通の4年制大学に進学したい生徒は、短大部から系列大学への編入を狙うか、高等部在籍中から目的校を目指す。
星龍学園短大部に進学する生徒は、どちらかというとその先の進路が明確に決まっている場合が多い。
短大部の学部はけっこういろいろあって、幼稚園の先生や保育士を目指す「幼児教育学科」、医療事務の「医療事務学科」、看護士を目指す「衛生看護学科」などなど。
それら学科の中で、「お嫁さん学科」と呼ばれているのが「総合生活学科」だ。ここに進むとわかった瞬間、「あー、卒業したらただちに結婚かあ」と誰もが理解する学部なのだ。
昼休み。私や黒神由貴、奈津実、マドカがおしゃべりに興じている。
「あー、どこ行こっかなあ」
机の上にべたあっと腕と身体を伸ばして、奈津実が言った。
「今度の連休?」
マドカが訊く。
「んなわけねーべ。大学よー。どこ狙えばいいかなあ」
「ものごとは正確に言おうや。『どこ狙うか』じゃなくて『どこなら入れるか』だろうがよ」
絶対零度の声色で、マドカが突っ込んだ。
「そうとも言う」
奈津実は素直な子だ。
「真理子どうすんの」
マドカが私に照準をむけた。
「んー、とりあえずは4年制大学を狙ってるんだけどさあ。むずかしそうだったら、このまま短大部に行こうかなあ」
「さいてー」
「サイテー」
マドカと奈津実がハモりやがった。
「なんでよー」
私は口を尖らせた。
「なーんも考えてないの、丸わかりじゃん、それ。……くろかみは真理子と違ってちゃんと考えてるんでしょ?」
こいつとは話にならんと思ったのか、マドカは照準を黒神由貴に向けた。
「私?」
突然話題を向けられて、ちょっと驚いた顔で黒神由貴が言う。マドカ、奈津実、そして私も、コクコクとうなずいた。
「私はこのまま短大部に進もうかと」
「え」
私は思わず声を上げた。
私はてっきり、黒神由貴だったらどこかの大学の神道学部とか、そんなのを狙うと思っていたからだ。
「なに学科? 幼児教育? 衛生看護? ビジネス科学?」
マドカが黒神由貴だったら入りそうな学部を並べた。だが黒神由貴は首を横に振った。
「総合生活学科がいいかなって」
「総合生活学科ぁ?」
「総合生活学科ぁ?」
「総合生活学科ぁ?」
マドカ、奈津実、私がそろってハモった。
「なんであんなお嫁さん学科を……。って、ええええええ!!」
奈津実が声を上げた。ほとんど悲鳴だった。
「どういうことよどういうことよ! いつの間にそんな話になってたのよ! 信じらんない!」
マドカも呆然とした顔で黒神由貴を見つめた。
「くろかみマジなの? 相手はやっぱり、真理子の兄貴? そうなの真理子?」
「聞いてない聞いてない聞いてない! そんな話、くろかみからもおにいからも聞いてない!」
私たちの絶叫を耳にした、周りにいたクラスの連中がざわつき始めた。
「くろかみ、短大部のお嫁さん学科に行くんだって?」
「花嫁修業かよ」
「永久就職確定かよ」
「幼妻かよ」
クラスの連中が私たちを取り囲んだ。どこから持ってきたのか、手に手にクラッカーを持っている。
「コングラッチュエーショ~ン!!!」
クラッカーの紐がいっせいに引かれて、スパパパーンと派手な音と共にクラッカーから紙テープだの紙吹雪だのが飛び出した。
「聞いたぞー。嫁に行くんだって? 担任教師より先に結婚するなんざ、いい度胸だよなあ」
どこから聞きつけたのか、教室に神代先生が入ってきて、言った。
「情けない。早苗に続いて由貴までもが小市民的生活を選ぶとは」
神代先生に続いて、黒神由貴のお祖母様までもが教室に入ってきた。
お祖母様まで、いつの間に……。
と、ここに至って、私はようやく、状況がおかしいことに気づいた。
私はぱちっと目を開いた。
天井照明の、オレンジ色の常夜灯が灯っている。
私はベッドに横になっていた。
なんの不思議もない。ここは私の部屋だ。
布団の中で、私はふうう~っと息をついた。
今のが夢でよかったと、ほっとした。
ほっとしたけど、心臓はバクバクしている。
いやいや、私はブラコンじゃないから、おにいを黒神由貴に取られたくないとか、そういうんじゃないんだ。
いつになるかはわからないにしろ、いつかはそんな日が来るだろうなと、わかっちゃいるんだ。
確か兄貴は、次の日曜は出かける予定があると言っていた。
明日、黒神由貴にも、次の日曜に何か予定があるか聞いてみよう。もしムニャムニャととぼけたら決定的だろう。
たまにはすなおに行かせてやろう。
その代わり、兄貴と黒神由貴、どちらからもお土産をせびってやるんだ。