黒神由貴シリーズ

凶走鬼 3

 


7.パーキングエリアの鬼

 それから数分も走らないうちに、視界が開け、照明で照らされた広場が見えてきた。
 パーキングエリアだ。
 照明で照らされたと言っても、照明灯がいくつかと、自動販売機数台のサンプル部分の明かり程度なので、そんなに明るいというわけではない。
 それでも、そこでたむろする人間や、駐車している車があるのはわかった。
 車の数は、ざっと見て20台ちょいと言ったところだろうか。
 人間の数は、車の数×2弱と言ったところか。
 深夜の峠道を走る走り屋と、その走りを見物するギャラリーらしい。

 パーキングエリアが見えてきたあたりから、神代先生はスピードを落とし、入り口付近でS2000を止めた。
 そのまま、走り屋たちの集団を眺める。
 黒神由貴も、同様に走り屋たちを注視する。

「……なんか、妙なことになってるわね」

「ええ」

 神代先生が言い、黒神由貴が短く返事した。

 二人が話していることの意味がわからず、私はもう1度集団を見た。
 と、集団から少し離れたところから、1台の車が集団に向けて走ってきた。
 車は集団に近づいてもそのままスピードをゆるめず、集団に突っ込んだ。

どん。

 車同士がぶつかる音がした。車にぶつかる前に、そばに立っていた数人も跳ね飛ばした。

「……」

 あまりのことに、私は声も出せないでいた。
 何か暴走族同士の抗争でも起きるのかと思ったが、誰も声を出す者はいなかった。
 跳ね飛ばされた数人は、やがてのろのろと体を起こし、どろんとした目でぶつかった車を見つめた。
 突っ込んできた車の運転席から、若い男性が降りてきた。
 そこに、また車が突っ込んできた。
 車から降りかけていた男性は突っ込んできた車とドアに挟まれ、口から大量の血を吐いた。

 今度は、バイクが2台突っ込んできた。そのすぐ後に、車がさらにもう1台。
 バイクがぶつかって転倒し、乗っていた人もバイクに折り重なるように倒れた。
 後から続いた車は、その上にぶつかって行った。
 広場にいた車やバイクが、動き始めていた。
 そのどれもが、同じ場所をめがけて突っ込んでこようとしていた。

「先生……あの、これってどういうことなんですか」

 私は神代先生に訊いた。

「んー、ちょっと意外だったわね。途中で追っ払ってやったから、ここに来たら全力で攻撃してくると思っていたんだけど」

「私たちに対してというより、ここにいる人間すべてを皆殺しにしようとしている感じですね。いずれ私たちに対しても向かってくるでしょうけど」

 黒神由貴が言った。

 私たちがこういう現実離れした会話を交わしている間にも、車は次々とぶつかっていき、やがて、そこに停まっていた車やバイクのほとんどが、スクラップのようにごっちゃになった。
 中には勢いよくぶつかったため、他の車の上に完全に乗り上げてしまった物さえある。
 もともとパーキングエリアにいた人は、車に挟まれたりした人を除き、車の周りでうろうろしている。こんな事態になっているにもかかわらず、やはりまだどろんとした目のままだ。
 もしかして、頭がおかしくなっているのだろうか。

「これだけごっちゃになっていたら、どこから手をつけていいかわからないわね。──ま、とりあえずやってみましょうか。黒神さん、準備いい?」

 神代先生はそう言うと、ドアポケットに置いてあったセカンドバッグから、何かを取り出した。
 くるくると、バトントワリングのように回して、持ち直す。
 以前見たことのある、金色に光る、尖った道具だ。
 そばで見るのは初めてだが、細かい彫刻が施されていて、和風の物のように思えた。
 神代先生はドアを開け、車を降りた。
 私たちもそれに続く。

「先生!」

 そのとき、黒神由貴が鋭い声を上げた。

 私と神代先生は、反射的にスクラップの方に目をやった。

「──え?」

 私は思わず目をこすった。
 何か目の錯覚かと思ったのだ。だが違った。

「……動いてる……」

 私はつぶやいた。
 完全にぶっ壊れたわけではないから、動くのは当然だ。
 だが私がつぶやいたのは、そういう意味の「動く」ではなかった。
 車が浮かび、積み重なっていって、山のようになっていくのだ。
 ああもう、なんて言えばいいんだろう。
 要するに、誰かが積み木遊びをするように、車やバイクが積み重ねられていくのだ。
 やがて、積み重なっていく車やバイクが、一つの形になっていった。
 私にもわかる形であった。

 ひとのかたち。

 一般的な表現で言えば、そうなる。
 だが私がそれを見て連想したのは、「人」ではなかった。

 ロボットだ。
 身長が20m強の、ロボット。

 アニメとか戦隊ヒーロー物とか、過去に見た記憶のあるロボットが、次々に頭をよぎった。
 縦になったり裏返ったりしている車もあるので、「ロボット」は身体のあちこちから液体を垂らしていた。
 それがガソリンなのかオイルなのか、私にはわからなかった。

「なんの冗談なの、これって……」

 私は言ったが、この事態が冗談ではないのは、すぐにわかった。
 「ロボット」の形にした怪物がゆっくりと右足(?)を上げ、足下にいた男の人を踏みつぶしたのだ。
 踏みつぶされた人のそばに数人の男女が立っていたが、誰一人逃げもせず、それどころか声一つあげなかった。
 怪物は続いて、その数人にも足を上げた。

がしゃん。

 金属音が大きくて、人が人の形でなくなる音が聞こえなかったのは幸いであった。
 どろんとした目をして怪物の近くに立つ男女は、踏みつぶされる直前になって、恐怖に目を見開いたが、悲鳴を上げる間もなく、足の下に消えた。

 私はようやく、怪物がギャラリーを踏みつぶしながら、私たちの方へ近づいていることに気づいた。
 その距離、ざっと20mほど。
 怪物が近づいてきて、そのディテールがよく見えるようになってくると、私は怪物の身体を構成しているのが車やバイクだけではないことに気づいた。
 怪物の身体のあちらこちらに、何か丸い物がくっついている。

 なんだろうと思って目をこらした私は、息を呑んだ。

 怪物の身体のあちこちにくっついていたのは、人間の首だった。
 車やバイクが怪物になるときにいっしょに巻き込まれたわけではない。
 それだったら、身体もあるはずだ。
 怪物にくっついているのは、首だけであった。
 声は聞こえないが、その首が苦しげに顔を歪めているのがわかった。

 頭がおかしくなるような光景だ。

 私は怪物が自分たちの方へ近づいてくるのを見つつ、その場に固まっていた。
 足が、動かない。
 怪物から目を離せない。
 怪物が腕を振り上げ、振り下ろした。
 怪物の腕の先から何か飛び出し、私の方へすごい勢いで転がってきた。

「榊さん!」

 叫び声がするのと、私が突き飛ばされるのとが、同時であった。

 私は数メートル横に転がり、我に返った。
 私が立っていた場所を振り返ると、神代先生が膝をつき、右の肩を押さえて顔をしかめていた。

「真理子、大丈夫?」

 黒神由貴が駆け寄り、私を気遣ってくれた。

「何が……あいつ、何をしたの」

 ほうけたような声で、私は言った。

「あいつが腕の先からタイヤを投げてきたの。それを助けようとして神代先生が真理子を突き飛ばして」

 神代先生に目をやると、ちょうど立ち上がるところだった。
 まだ腕を押さえ、顔をしかめている。

「ちっくしょお。ちょっと油断してたなー」

「大丈夫ですか、先生」

 黒神由貴が神代先生に声をかけた。

「大丈夫。打ち身だけだから。でもこれじゃ、まともに独鈷杵を使えないな」

「先生。──独鈷杵、貸してもらえますか」

 黒神由貴が言った。

「どうするつもり?」

 そう言いながら、神代先生は左手で金色の道具を黒神由貴に向かって投げた。
 受け止めた道具に、黒神由貴は何かを結びつけ始めた。
 ここに来る途中で後続車に投げつけた紙と同じ物のようだ。
 「呪符」──と言っていたっけか。

「これを、あれに」

 呪符を結びながら、黒神由貴は近づきつつある怪物にちらと目をやって、言った。

「ふうん。やってみる価値はあるかな。投げられる?」

「やってみます」

 神代先生が言い、黒神由貴が応えた。

 わかった。あの怪物に、呪符を結びつけた道具をぶつけようとしているわけか。
 だが、ひとつ問題がある。
 私は、右手を振りかぶって今にも道具を投げようとしている黒神由貴に言った。

「くろかみ、ちょっと待った!」

 黒神由貴と神代先生が、何事かと私を振り返った。

「あんた遠投苦手でしょ。あたしが投げる」

 黒神由貴と神代先生は、「え」という顔をした。

「要するに、そのアイテムをあの怪物にぶつければいいわけなんでしょ?」

「アイテム」

 黒神由貴と神代先生は、ハモった。

「まかして。中学時代には、ソフトボールでちょっとは鳴らしたんだから」

 私はそう言って、黒神由貴の手から道具──独鈷杵を取り上げた。

 大きく振りかぶり、怪物めがけて独鈷杵を投げようと──

「真理子。やめて」

 誰かが私に声をかけた。黒神由貴でも、神代先生でもない声だった。
 私は声が聞こえた方に顔を向けた。
 私の息が止まった。

 鹿本真紗美──マチャミが立っていた。


8.炎上

「マチャミ……」

 あんたこんなところで何してんの、と言いかけて、私はマチャミがすでに死んでいることを思い出した。

「真理子……。それ、投げるのやめてくれない? 困るの」

 マチャミは言った。

「だって……そうしないと、あの怪物をやっつけられないし……」

「お願い」

 マチャミは言って、首をかしげた。……と思ったのだが、そうではなかった。
 マチャミの首が、へし折れたように、大きく曲がっていたのだ。
 とまどった顔をしたマチャミは、口からげぶげぶと大量の血を吐いた。
 傾いたマチャミの顔の上半分がずれて地面に落ち、どしゃ、と濡れた音を立てた。
 残った部分のぐちゃぐちゃになった切り口から脳みそがのぞき、プルプルと揺れていた。
 マチャミの身体が、かくん、と傾いた。
 右膝が逆に曲がっていた。
 ぼた、と右腕のひじから先が落ちた。

「ま、り、こ……」

 頭の上半分がないマチャミが言った。

「あたし……死んじゃったみたい……痛いの。すっごく痛いの……」

 蓋の閉じられたお棺の中のマチャミは、こうだったんだ。


いやああああああああ!


 私は絶叫した。
 頭のヒューズが飛んでいた。
 その場にへたり込み、頭を抱える。

「榊さんっ! 見ちゃだめっ!」

 覆いかぶさるように、神代先生が私を抱きしめた。

「黒神さんっ! そっちお願いっ!」

「破っ!」

 黒神由貴のものらしい短い気合いが聞こえ、続いてうめき声が聞こえた。

「榊さん、あれは鹿本さんじゃないの! 怨霊のひとつなのよ! だまされちゃだめっ!」

 私を抱きしめる神代先生の腕の隙間から、マチャミが立っていたところが見えた。
 そこにすでにマチャミの姿はなく、指を不思議な形に組み合わせた黒神由貴が、心配そうな顔で振り返っていた。

「もう……大丈夫、です……」

 私は言って、のろのろと身体を起こした。

「──投げます」

 あらためて、大きく振りかぶる。


「とりゃああああ!」


 渾身の力を込めて、いつの間にかすぐそばまで近づいていた怪物に、呪符が結びつけられた独鈷杵を投げた。

「リン・ビョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン!」

 神代先生が、痛んでいない左手を縦横に振りながら叫んだ。

「オン!」

 黒神由貴が、指を組み合わせて、叫んだ。

 独鈷杵が怪物に命中し、あちこちにくっついていた首たちが絶叫した。
 顔が、ぐずぐずと崩れ始める。
 神代先生がライターを取り出した。ジッポだ。
 シャキン、シボッ。
 片手の動作で、蓋を開けて火を点ける。
 アンダースローで、怪物の足下に投げた。
 怪物からしたたり落ちていた液体に、ジッポの炎が燃え移った。
 あっという間もなく、怪物の全体が燃え上がった。
 炎と黒煙。そして、黒煙とは明らかに違う「黒さ」の何かが、怪物から立ち昇った。
 この世の物とも思えない叫び声を上げながら、怪物が分解してゆく。
 怪物のまわりにいたギャラリーたちが、叫び声を上げて、逃げまどっている。
 意識が戻ったらしい。

 やっつけたのかな……

 燃え上がる怪物を見つめ、私は呆然としていた。

「何ぼけっとしてんのっ! 行くよっ!」

 背中をひっぱたかれて、私は我に返った。
 神代先生がS2000に乗り込もうとしていた。
 黒神由貴も、S2000のそばに立っている。
 あわてて、助手席に飛び込み、股を大きく開いた。すかさず黒神由貴がその間に腰を下ろす。
 タイヤを鳴らして、急発進させる。
 スピンターンして、出口から飛び出す。
 燃え上がる怪物──今や単なるスクラップの山だが──が、みるみる遠ざかる。

「先生、手は大丈夫ですか」

 私は言った。

「ありがと。チェンジは左でできるから、大丈夫。あなたはどう? 落ち着いた?」

「はい。なんとか。……あの、もうあれでいいんですか」

 後ろを振り向きつつ、私は言った。

「とりあえずはね。でも、そのうちまた、似たようなことが起きるでしょうね」

「ここって、何か呪われてるんですか」

「何か因縁があるかという意味なら、答えはNOよ。単純に事故が多くて、悪い物がたまりやすい環境だと言うだけ。──まあ、そういう場所が『呪われている』と言われれば、そうかも知れないけどね。あ、そう言えば、黒神さん」

 思い出したように、神代先生が言った。

「はい、なんでしょう」

「あの、独鈷杵に呪符を結びつけるの、とっさに思いついたの?」

「ええまあ。──その方が、相乗効果になっていいかなって」

 前方を見つめつつ、神代先生はため息をついた。

「まあねえ。確かにあれが一番効果的だったとは思うけど……でもね、あの独鈷杵は別注品で、けっこうお金がかかってるんだからね。わかってるー?
……あー、また高野山に発注しなきゃいけないわ。そんな金ないよー」

 そしてまた、深々とため息をついた。
 よほどショックだったらしい。

「このまま、あなたたちの家まで送るけど、お腹すいたでしょ。環七沿いに遅くまでやってるステーキハウスがあるの。そこでちょいと食べてから帰るから。いいわね?」

 お肉は、すっごく美味しかった。
 私は、神代先生がちょっと好きになっている自分に気づいていた。


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