日曜のお昼。両親は出かけていて、家には私と兄貴の二人。でまあ、なんとなく私が昼食を作ることになって、面倒なので冷蔵庫にあったレトルト・カレーでカレーライスにした。トッピングは何もなし。
兄貴と向かい合わせでしばらくはもぐもぐとカレーを食べていたが、ふと思い出したことがあって、私は兄貴に言った。
「おにい。今日、クラスの子が新しいノーパソ買ったって言うんで、使わせてもらったんだけどさ。すっごく遅かったんだ。新発売モデルなのに。OSが新しいから? 正直に言えなくて、どうしようかと思った」
興味を持ったのか、兄貴がスプーンを持つ手を止めて、言った。
「どこのパソコン?」
私は国内大手のメーカー名を口にした。型番はよく覚えていないので、ノートパソコンのシリーズ名だけ。
兄貴は首をかしげた。
「そのモデルだったら、そこそこのスペックだし、それなりの処理速度のはずだけどなあ。買ったばかりだったら、ソフト同士が喧嘩して遅くなってるってこともないだろうし。──てか、遅いって、そもそも何と比べてだ?」
私は上を指差しながら言った。
「あたしが家で使ってるノート。おにいが譲ってくれたやつ。比較にならないぐらいだった」
それでわかったという顔で、兄貴は大きくうなずいた。
「あー、そりゃそうだろ。お前のは特別製だから」
「あの、おにいのお古が?」
「中古には違いないけどな、あれ、研究室で改造しまくってハイエンドなみのスペックにしてんだ。並のノートパソコンじゃ動作速度は勝てない」
「あー。それであんなに熱いんだな? バッテリーで動作させたらすぐになくなるし」
「お前どうせ部屋の中でしか使わないだろ。熱対策もしてあるから、暴走することはないはずだ。安心して使うんだな。言っとくけどな、あれと同等のスペックにしようと思ったら、ウン十万はかかるんだぞ。それと、素肌むき出しでひざとか腿の上に乗せて使ったら、低温やけどするかもしれないから、そこんとこ注意な」
「そうなんだー。……そう言えば、くろかみが使ってるパソコンは、けっこういいやつっぽいよ。ノートじゃなくてデスクトップだけど」
私が言うと、兄貴はうなずいて言った。
「知ってる。こないだ聞いた。メーカーの既製品じゃなくて、ショップブランドで別注で組んでもらったって。現在のパーツで考え得る限りの最高スペックだった。正直、うらやましいわ、俺」
「へー、そうなんだー。って、ちょい待ち、そんなこといつくろかみから聞いたのよ。あたしの知らない間に。またあたしの目を盗んでデートしたのかよ。くろかみからそんなこと聞いてないし!」
私が言うと、兄貴は「やべっ」という顔をした。
「まあそれに関しては、明日くろかみをきっちりシメとくから。おにいのほうは、そうだな、なんかおごって」
「わかった。駅前のパーラー『蘭』のスペシャル・パフェで手を打とう」
「乗った」
交渉は成立した。善は急げ。私は部屋着を着替えるため、2階の自室に向かった。
ドアを開け、ふと、正面の窓を見て、私は叫び声を上げた。
「うわわっ!」
「どしたっ!」
すぐに兄貴が駆け上がってきて、部屋に入ってきた。私が呆然として窓の外を見つめているのを見て、声をかける。
「どうした? のぞき魔でもいたか」
私は首を横に振った。
「人間じゃなくて、カラス。真っ黒なカラスがベランダの手すりに止まって、こっち見てた。あたしが声出したら、飛んでっちゃったけど」
「なんだカラスかあ。そんなのどこにでもいるじゃん」
あきれたような声で、兄貴は言った。
「じゃ早く着替えて降りて来いよー。『蘭』だったら車でなくても歩きでいいよな?」
そう言うと、兄貴は1階へ降りていった。
私はと言うと、内心で微妙に首をかしげていた。
今のカラス。どこか変だったような気がする。
どこが。
大きさは、たぶん普通のカラスと同じかちょっと大きいぐらい。
色も普通のカラスと同じ。真っ黒。
窓の外に止まっていて、私と目があっても平気で。兄貴が部屋に入ってくる直前に飛んでいって。
あれ? と、私はそのカラスに対して感じていた違和感に気づき、気づいた瞬間、全力で否定していた。
だってそんなことってあり得ないから。
そんなカラスなんて、いるわけないから。
足が三本あるカラスなんて。