単品怪談

身元確認


 その日、若い女性が10階建てビルの屋上から飛び降りた。



 詳しい調べはこれからだが、遺書もあり、自殺であることは確かで、事件性はなかった。
 遺体は病院の霊安室に安置され、遺族の到着を待つ。
 到着した遺族に身元を確認してもらうのは、もっぱら警察署員である私の役目であるが、婦警の私には、正直言って荷が重い。
 死因と身元がはっきりすれば、遺族に遺体を引き渡して業務は終わる。

 やがて、自殺した若い女性の遺族が到着した。
 母親と兄であった。
 損傷が激しいため、遺体は見ない方がいいのではないか、と私は言ったが、やはり確認したいということであった。
 その気持ちはわからないでもない。

 遺体に掛けられたシーツをめくって、私は霊安室の片隅まで下がった。
 母親の泣き叫ぶ声が、霊安室に響いた。
 私はその間、ずっと顔を伏せている。

 ──と、私は下げた視線の先の、奇妙なことに気づき、思わず兄の顔を見た。
 兄は、目を見開き、口をかすかに開いて、顔が紅潮していた。
 要するに、興奮状態である。
 私は視線を下げ、もう一度、最初に気づいた部分を見た。
 兄は、着衣の上からもはっきりわかるほどに、激しく勃起していた。
 私の視線は、兄の顔と、股間と、女性の遺体とをあわただしく行き来した。

 女性の兄が、何に対して性的興奮を感じているのか。

「妹」にか。

「若い女性の死体」にか。

「激しく損傷した死体」にか。

 それとも、そのすべて、「若い女性である妹の、激しく損傷した死体」にだろうか。
 私は、そんなことに興味はなかった。
 知りたくもなかった。



 
母親と兄は、手続きを終えると、遺体を引き取っていった。


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