深川の岡場所「上州屋」に「妖怪なめ女」がいると、ちまたのうわさ。
「七女(ななめ)」というその女郎、閨(ねや)の技は達者でも人三化七じゃあねえのか、などと腐す者もいましたが、歳は23とやや年増ながら、岡場所に置くには惜しい器量よしとの評判で。
「吉原の叶太夫なんざ、胸乳(むなぢ)こそでけえが、顔に塗ったくってるのは白粉だか漆喰だかわかりゃしねえ。あれこそもののけだろうよ」
口吸いに始まり、乳なめ魔羅しゃぶり、はてはふぐりなめなど、天にも昇る心地よさだそうで。
そんな評判を聞いた客が引きも切りませんが、「ことに及ぶ」前に気をやってしまう、こらえ性のない若い者数知れず。
さて、常連客の中に権佐という大工がおりました。数年前に女房を亡くし、ふらりと上州屋に立ち寄ったときに、たまたま空いていた七女に上がったのでした。何度か通ううちに、聞くともなしに、七女の身の上を知ることになりまして。
七女は本名を鶴と言い、18のときにとある大店に嫁いだのでございますが、数年後、一方的に暇を出されました。後に亭主が「あいつは妖怪だ」「なめ女だ」と口にしていたそうでございます。実際には亭主が「あっち方面」がめっきり弱かったのではないのかと、もっぱらの世間の噂。
身よりもなく行く当てもなかった七女は、この上州屋に身を寄せました。
「じゃあ借金のカタにでも身売りされたわけじゃねえのか。──で、おめえさんは本当に妖怪なめ女なのかい」
と権佐が訊くと、七女は首をかしげ、
「さてどうでございますか。もう亡くなりましたけど、親はちゃんといましたし、何かに取り憑かれたということもございません」
しばらく考えていた権佐は、やおら、
「どうだい七女。いや鶴さん。なんだったらおいらン所へ来ねえかい。こう言っちゃなんだが、腕は確かだと言われてんだ。それなりに蓄えもあるし、苦労はかけねえよ」
突然のことに七女は驚いた様子でしたが、やがて三つ指をついて頭を下げました。
「私ごとき卑しい女に、身に余るお言葉でございます。よろしくお願いいたします」
かくして七女こと鶴は権佐の女房となり、5人の子供をさずかり、幸せに暮らしたそうでございます。
──さて、ここで気になるのは、はたして鶴は真実「妖怪なめ女」だったのかということでございますが、それに関しては皆目わかりませぬ。現代の視点で言いますなら、なにがしかのフェティシズム的なことが考えられましょうが、当の鶴と権佐にしてみれば、どうでもいいことでございましょう。