その町内では、やっかいな問題を抱えていた。「猫」である。ある家に住む老婦人が、近在の野良猫にえさを与え続けて、そのため町内は野良猫天国となっているのだった。
町内会でも何度となく老婦人に対して改善を求めたが、本人は善意でやっているつもりなので、まったく聞く耳を持たなかった。老婦人は陰で「猫ババア」と呼ばれていた。
そもそも老婦人は人嫌いで、近所づきあいというものがほとんどなかった。広い家の中にこもり、何か念仏のようなものをいつも唱えているという。
「いや、あれは念仏じゃないね」
そう言う人もいる。
「どこの宗派かわからないが、仏教じゃないな。聞いたことない言葉だった」
ではどういう言葉なのかと尋ねると、その人にも答えられないのだった。
いつの頃からか、その「念仏」が聞かれなくなった。老婦人の姿を見た人も、ぱったりと途絶えていた。
それに合わせるように、町中を我が物顔で歩き、老婦人宅でたむろしていた猫の姿も見られなくなった。
住民にとっては、もっけの幸いであった。もともと好かれていなかったし、好きこのんで老婦人宅を訪ねる物好きはいなかった。
──否。一人いた。町内に住む悪ガキの小学生であった。
悪ガキは垣根の隙間から潜り込んだ。
しばらくして、悪ガキはこの世のものとも思えない絶叫をあげながら、老婦人宅から飛び出してきた。
何ごとかと集まってきた町内の人に、悪ガキは狂ったように叫び続けた。
「猫じゃない! あれ猫じゃないよ! 猫はあんなに大きくないし、あんなタコみたいな足が何十本も生えてないよ! それに頭が、──頭が猫ババアなんだ!」