大分県竹田市の笹川という地区が母親の郷里である。ウン十年前、母親がまだ小学校低学年の頃の話。
ある日、妹と弟の三人で、親戚の家に泊まりがけで遊びに行くことになった。汽車で一駅、そこから田舎道を歩いて、子供の足で小一時間程度の距離であった。道はもちろん地道で、田や畑の間をうねうねと通る、幅2メートルあるかないか、というものだった。
季節は秋。陽が落ちるまで、まだ数時間という時刻。
おしゃべりしながら歩いていると、前方から人が来るのに気づいた。
人数は三人。真ん中が女性、その両側が男性で、三人とも和装だった。
ああ、前から人が来るな、もうすぐすれ違うな、という程度の認識だったという。
母親はすぐに弟妹たちとのおしゃべりに戻り、しばらくして、ふと気づいた。
前方の三人と、まだすれ違わない。気づかずにすれ違えるような道幅ではないのに。
「キヨちゃん。前から来とった人、どこ行ったん?」
母親は妹に訊いた。
「知らんがえ。キミちゃん、見とったん違うんな。どっか横道に入ったんやなかね」
「どこに曲がる道があるんな。田んぼばっかりやなかね」
仮にどこかのあぜ道に入ったにしても、あるいは立ち止まっていたにしても、姿は目に入るはずであった。
だが、どこにも三人の姿はなかった。
しばらくその場に立ちすくんでいた母親たち3人であったが、やがて「おじい(怖い)よー」と口々に言いながら、小走りで親戚宅へ向かったという。
親戚のおばさんは、「そら、狸に化かされたんじゃわ」と笑った。
翌日、同じ道を帰ったときには、何ごともなかったそうだ。