5.追うモノ追われる者
入口そばにいた客が、悲鳴をあげて、はじかれたように飛びのいた。
この時間によくいる客全員──子供連れの若い主婦や学校帰りの生徒たちは完全にパニック状態になった。状況が理解できず、店内をただ闇雲に走り回る。店のスタッフはカウンター内で呆然としている。
入口はこっぱみじんに破壊されたが、破壊したものの姿はどこにも見えなかった。
マキノくんがものも言わずに立ち上がり、大坪ミキの手を取って走った。
走った先は、店のもう一つの入口、駐車場へ行く方の入口だった。
私と黒神由貴も星龍学園の鞄を持ってすぐに立ち上がったが、テーブルに置かれた天の逆鉾に気づき、ひっつかんで、大坪ミキたちのあとを追った。
転げ落ちるように階段を下りると、大坪ミキとマキノくんはすでにワゴンRに乗り込んでいて、エンジンをかけようとしているところだった。
「早く早く早く!」
助手席から身を乗り出し、大坪ミキが叫ぶ。
後部ドアを開け、黒神由貴を押し込んだ。
私も続いて乗り込もうとし、ふと、いまだ悲鳴や叫び声が聞こえてくる階段を振り返り、息を呑んだ。
人がギリギリすれ違える程度の狭い階段を、何か、もっと大きなものが、むりやり通ろうとしていた。
バリバリバキバキと、ものすごい音を立てて階段や壁が歪み、崩れてゆく。
さっき入口から飛び込んできた「何か」が、私たちを追って来ているのだ。
だが、入口に飛び込んできたときと同様、その「何か」の姿は、全く見えなかった。
呆然とその光景を見ていた私は、いきなりワゴンRに引きずり込まれた。黒神由貴が手を伸ばし、私を車内に引っ張ったのだった。間髪を入れず、大坪ミキが後部ドアを閉め、ワゴンRが猛然とスタートした。
「どど、どこに行くの?」
「このまま神社に行く。剣を返さないと」
噛みながら大坪ミキが言い、マキノくんが応えた。
「──剣も持たずに?」
いやみったらしく私が言うと、大坪ミキとマキノくんはそろって「ああっ!」と声を上げた。私はつかんでいた剣を大坪ミキに渡した。
「肝心なものを忘れて飛び出して、何言ってんだか」
大坪ミキとマキノくんは、ばつが悪そうに口を閉ざした。
まあ状況が状況であったので、私もそれ以上は二人を責めるつもりはない。
「ねえ、くろかみ。さっき一緒には行けないって言ってたけどさあ、こうなったらつきあうしかないんじゃない?」
私が言うと、黒神由貴は困り顔でうなずいた。
「……仕方ないよね」
「おし。つーわけだから、大急ぎで神社に行こ。とにかく、返せば解決するんだから。さっきのあれ──えっと、『おみわたり』? いくらなんでも、車には追いつけないでしょ?」
大坪ミキやマキノくんに異存があるはずもなかった。もともと私や黒神由貴に付き添ってもらいたがっていたのだから。
ぐん、とワゴンRが加速した。
「高速に乗って飛ばすから。みんなシートベルトしてくれっかな。つまらないことで捕まったら御神渡りに追いつかれるし」
マキノくんが言い、私たちはあわててお尻の下になっていたシートベルトを締めた。
「神社の場所はわかるの?」
私はアクセルをベタ踏みしているマキノくんに訊いた。
「吉見百穴はナビに履歴が残ってるから、そこまで行けばわかると思う」
途中いくつか信号を無視し、練馬ICから関越道に乗った。
「……と、ここで事故のニュースが入りましたのでお知らせします」
スタートしたときからつけっぱなしになっていたラジオが、突然口調を変えた。
『先ほど午後1時頃、渋谷のハンバーガーショップで何かその、爆発……とは言えないようなのですが、店内が激しく損壊したとのことです。入口のガラスが割れて、数人のお客が軽い切り傷を負った模様です。火災は起きていないそうです。目撃した人の証言によりますと、『まるで車か何かが店の中に飛び込んできたかようだった』ということですが、この店は1階が駐車場、2階が店舗になっているため、車が店内に飛び込んでくるということは考えられず、現在消防と渋谷署で調査中とのことです。……とりあえず第一報をお知らせしましたけど、どういうことなんでしょうねえ』
事件の説明をした後、パーソナリティをしていた中堅の噺家は、わけがわからないという口調で言った。
『えーっと、まだ続きがありまして、この事故と関連があるのかどうかはわかりませんが、この店の前の車道が突然隆起しまして、同様の隆起が北に向かって続いているそうです。ええ? ……これって、似たようなのが、ちょっと前にもありましたよねえ? どうなってるんでしょうか。何か天変地異の前触れでしょうか。つーか、これがすでに天変地異ですが』
「……さっきの御神渡りのことだよ」
大坪ミキが言った。
「道路が盛り上がってるって言ってる。あたしたちを追っかけてるんだ」
「急ごう。……あ、でも、スピード違反で捕まらない程度にね」
私は言った。そのあたりはマキノくんも心得ているだろう。
「ねえくろかみ。どっかで待ち伏せしてさ、山ノ辺スカイウェイに行ったときみたいに、お札でやっつけるわけにはいかないの?」
名案! と思って私は言ったが、黒神由貴は首を横に振った。
「だめ。今日は話を聞くだけのつもりだったから、何も持ってきてないの」
「じゃじゃ、じゃあさ、いつかの茶店みたいに、チャチャッと適当な紙に呪文を書いてさ」
が、その案に対しても、黒神由貴は首を横に振った。
「だめ。たぶん、書いている間に御神渡りが追いついてくる。……第一、あの御神渡りというのがなんなのかわからないから、呪符の書きようがないの。単なる魔除けじゃ意味ないと思う」
「……じゃあ、とりあえずこのまま神社に向かうしかないわけ? というか、追っかけられてるのは私たちじゃないわよねえ?」
「ちょちょちょちょちょ、それはないでしょー!? ここまで来て、そんな薄情なこと言わないでよぉ!」
助手席から振り返り、大坪ミキが引きつった顔で言った。涙目になっている。
「ごめん。今のは冗談」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!」
大坪ミキはプンプンであった。当たり前か。すまん。
6.三柱鳥居
途中、高坂SAに立ちよってあわただしくトイレを済ませ、ナビの履歴から吉見百穴を再設定した。その間にも御神渡りが追いついてこないか、ひやひやものであった。
東松山ICで高速を下り、ナビにしたがって吉見百穴に向かう。
吉見百穴の近くまで来て、ナビは案内をやめた。あとはマキノくんと大坪ミキの記憶が頼りだ。
……しかしまあ、何もないところだなあ。
「神社の場所わかる?」
人家の数があまり見当たらなくなり、手入れらしい手入れもされていないような林の中を走るようになって、私は大坪ミキに訊いた。
「確かこのあたりだったと思う。こんな感じの道を走った気がする。……あ、ここ、この道じゃない?」
大坪ミキが、ワゴンRの右斜め前方を指さして言った。
ぱっと見はよくわからないが、車1台ぐらいは通れそうな小道があった。
「おー、そうだそうだ、ここ、ここ」
マキノくんは言って、その小道にワゴンRを向けた。
数メートル……たぶん十メートルも走らないうちに、ぽかっと視界が開けた。
開けたと言っても、それまでトンネルのようになっていた木々の枝がなくなったのでそう感じただけで、実際はそこも頭上の半分近くは木々でおおわれていた。
そこは、マキノくんが言っていたとおり、車2台が並ぶ程度の広場だった。
マキノくんがその中央にワゴンRを停めた。もちろんエンジンはかけたままだ。私たち四人はワゴンRから出て、あたりを見回した。
広場をはさみ、小道の反対側に、マキノくんが言っていた「変な鳥居」、黒神由貴言うところの三柱鳥居があった。
……こんな変な形の鳥居を見るのは、私も初めてだった。
鳥居を三つ組み合わせたような形……確かに、そう表現するしかない形だ。
が、それよりも私は、その向こう側を見て絶句していた。三柱鳥居の奥、マキノくんが言っていた「数メートルほど小高くなっていて、石を積んで作った石段の先の小さな祠」が、
──なかった。
確かに三柱鳥居の向こう側は少し小高くなっていて、石段もある。でも、何段目かから上は、なんにもなくなっていた。なんと言うか……夏の海水浴場で、砂浜に埋められていた人が起き上がった埋めあとと言うか、まあ要するに、「埋まっていた何かが出ていったあと」としか思えないのだった。
「……くろかみ。あれって、くろかみ的にはどう思うよ」
いつの間にか私の横に立ち、同じように三柱鳥居の向こう側を見つめている黒神由貴に気づき、私は訊いた。
「……何かが出てきたように見えるけど……ねえ大坪さん。この前来たときも、あそこってあんな風だった?」
黒神由貴が訊くと、大坪ミキは三柱鳥居の向こう側をしばらく見つめ、首を横に振った。
「ううん。前来たときは、ちっちゃな神棚みたいなのがあるなあって思ったもん。あんな、ボコってなってなかったよ」
「……御神渡りがあそこから出てきた、とか?」
マキノくんもやってきて、かすかに震える声で言い、黒神由貴はうなずいて言った。
「かも知れません」
「じゃ、じゃあ、早くこれを返さないと」
と、マキノくんは剣──天の逆鉾を両手で捧げるように持って、言った。
「でも、祠がなくなってるし、どこに返したら──えと、あの鳥居に?」
「まあ、とりあえずそうするしかないかと」
心なしか、気のないような口調で、黒神由貴がマキノくんに言った。
黒神由貴の言葉を聞くなり、マキノくんは小走りで三柱鳥居へ向かい、そばに天の逆鉾を置くと、そそくさと戻ってきて、ワゴンRに乗り込んだ。
「よし帰ろ。みんな早く車に乗って」
大坪ミキも私たちも、もちろん異存はない。
私たちが乗り込んだのを確認して、マキノくんはワゴンRをスタートさせた。何度か切り返して、フロントを小道の方に向ける。
「っくっ……!」
マキノくんが小さな声を上げ、進みかけていたワゴンRががくんと止まった。
「御神渡りだっ……!」
前方を見つめ、マキノくんが叫んだ。
その声につられ、私は顔を上げてワゴンRのフロント越しに前方を見つめた。
小道の真ん中が盛り上がっている状態──そのイメージが頭にあったので、自分が見ている「モノ」がしばらく理解できないでいた。
いや違う。
目の前に何かがいるのはわかっているのだが、それが何かは、まったく理解できないでいた。
それは、そんなところにあるはずのないモノだった。
小道よりもはるかに大きなそれは、小道を完全にふさいでいた。
肉のかたまり。
サイズを無視すれば、そいつに最も近いイメージは、「肉のかたまり」だった。
ローストビーフとか、そういうような。あるいは、巨大な胃袋。
そいつに、無数の牙が生えた縦長の口を付け、なめくじとかカタツムリのような足を付ければ、私が見ている「モノ」に最も近くなる。
大きさは……そう、外国でよく見る、車で引っ張るタイプのキャンピングカー。ちょっとした小屋ぐらいのサイズの、あれ。
キャンピングカーぐらいの肉のかたまりを想像すれば、目の前に立ちはだかっているモノのイメージに近くなる。
そして私はやっと理解した。
私が見ているのは、御神渡りなのだと。御神渡りの本当の姿を、私は見ているのだと。
「フングル……ムグルウナ……フタグン……イア イア」
御神渡りが、そんな声を発し、ワゴンRに近づいてきた。
7.祟り神
「おい、なんでだよ! 剣を返したのに、なんでまだ御神渡りが来るんだよ!」
マキノくんが叫んだ。
「他に道はないのお!?」
大坪ミキが声を上げた。
そのとき、私はワゴンRの車内に何か赤い光がちらちらしているのに気づいた。
なんだ。
どこで光ってる。
光の出所を探し、私は車内のあちこちを見回した。──わかった。
私はパニクっている大坪ミキの肩を叩いた。
「ちょっと。ねえ。それ、なんか光ってるみたいだけど」
私が言うと、大坪ミキは勾玉のペンダントに目をやり、悲鳴をあげた。
赤い光を発していたのは、大坪ミキが首から下げている勾玉だった。
「何これ何これ。なんでこれ光ってるのよ!?」
大坪ミキはマキノくんを問いただした。
「これ、なんなのよ! どっかで買ってきたんじゃなかったの?」
「地震のあと、車の中に転がってたんだよ! けっこうきれいだったからさ、チェーンだけ買ってきて、──うわわ、うわわわわ!!」
ガギガキガギと寒気がする音がし、マキノくんが叫んだ。御神渡りがワゴンRにのしかかってきたのだ。
ワゴンRのボンネットがひしゃげ、盛り上がった。
御神渡りはさらにのしかかり、フロントグラス全面にひびが入った。ワゴンRごと、私たちをつぶすつもりなのだ。
「いやあ! いやあ! いやあ! ──ぐっ」
大坪ミキの悲鳴が途切れた。
背後から手を伸ばした黒神由貴が、光を発し続ける大坪ミキのペンダントを引きちぎったのだ。間髪を入れず、ドアを開けて、ワゴンRの外に飛び出した。
「くろかみっ!」
私もドアを開けてそれに続く。
黒神由貴は三柱鳥居の数メートル前に立ち、右手を大きく振りかぶると、ペンダントを地面に叩きつけた。
──あんなやり方があるのか……
投げそこねたペンダントを拾い上げようとしている黒神由貴に、私は肩から体当たりした。
「わああっ!」
らしからぬ叫びをあげ、黒神由貴は派手に転がった。私服だったらいつもはパンツ姿だから問題なかっただろうが、今は星龍学園の制服姿だった。スカートがまくれ上がり、腿まで丸出しになって、黒神由貴は灌木に突っ込んでいった。可愛い柄のパンツが丸見えになったが、目の保養にはほど遠い状況であった。
黒神由貴に体当たりすると同時に、私は地面のペンダントを拾い上げ、三柱鳥居の正面に立った。
背後から、ワゴンRがひしゃげる音と大坪ミキたちの悲鳴が聞こえたが、振り返る余裕はなかった。
大きく振りかぶり、三柱鳥居に向かって、全力でペンダントを投げた。
「返せばいいんでしょ!」
直球ど真ん中、これ以上はない絶好球、ペンダントはまっすぐ三柱鳥居に飛び込んでいった。
投げると同時に、私は横っ飛びに飛んだ。
その横を、御神渡りが通り過ぎていった。視界の隅に、御神渡りが三柱鳥居に飛び込んでゆくのが見えた。
別に黒神由貴につきあうつもりはなかったのだが、私も勢い余って派手に転がり、でんぐり返って灌木に突っ込んだ。
あたりが真っ白な光に包まれた。
目の前でフラッシュが光ったような、強烈な白い光だった。
「いたた……真理子、大丈夫?」
どれぐらい時間がたったのか、黒神由貴の声がした。私はまぶしくて固く閉じていた目を開き、地面に転がっている私のそばにかがみ込む黒神由貴を見た。
「ありがと。大丈夫みたい。……あいつ、どうなった?」
「……あそこ。真理子、スカートスカート。まくれてる」
「え? あわわわ」
私が訊くと、黒神由貴は立ち上がって三柱鳥居を指さした。私はスカートを整えながら、黒神由貴が指さした方向に目をやった。
「え。なくなっ……てる?」
三柱鳥居は消え失せていた。三柱鳥居だけではなく、三柱鳥居の周囲、半径数メートルぐらいが、ごっそりと消えていた。地面も、工事の車で掘ったように、大きくえぐれている。
「あの御神渡り、真理子が投げた勾玉を追いかけて三柱鳥居に飛び込んだら、バアッと光って、光が消えたら、ああなってたわ」
三柱鳥居があった場所を見つめて、黒神由貴が言った。
「一件落着ってこと……って、あああ!」
ほっとしかけた私は、えらいことを思い出して、ワゴンRを振り返った。黒神由貴も同様に振り返り、ワゴンRに駆け寄って、声をかけた。
「大坪さん! 大丈夫?」
黒神由貴より少し遅れてワゴンRのそばに立った私は、息を呑んだ。
ワゴンRの前半分、いや、前から三分の二ぐらいが、左右からプレスされたように、ぐしゃぐしゃになっていた。
背筋に冷たいものが走った。
大坪ミキとマキノくんは、この中にいるのだろうか。逃げられたのだろうか。でも、あたりに二人の姿は見当たらなかった。
スプラッターな情景が頭に浮かび、ワゴンRの中をのぞき込む勇気が出ない。
……こん。
そんな、ごく小さな音が聞こえて、私は飛び上がった。
「なに? いまのなにっ?」
……こんこん。
また聞こえた。空耳ではなかった。
「真理子。車の中からみたい。後ろの方」
黒神由貴が言った。
「車の中って……」
私と黒神由貴は、おそるおそるワゴンRの後部ドアをのぞき込んだ。
身体を丸めて横になっている大坪ミキと、目が合った。
私と黒神由貴がワゴンRを飛び出してから、大坪ミキとマキノくんは、ワゴンRの後部座席の背もたれを倒し、そうしてできる収納スペースに入り込んだのだった。とっさの機転だったが、もし御神渡りが完全にワゴンRをつぶしていたら、当然助からなかった。危ないところであった。
その後、大坪ミキとマキノくんはJAFを呼び、私たちはタクシーで帰ることになった。
「結局、御神渡りが本当に追っかけてたのは、大坪ミキのペンダント……というか、あの勾玉だったってこと?」
タクシーの中で、ずっと気になっていたことを訊くと、黒神由貴はうなずいた。
「マキノさんは、御神渡りが天の逆鉾を追いかけてきてると思っていたみたいだったけど、あれからは力が感じられなくて、なんか違うなーって、思ってたの。でも、御神渡りが追ってきてるのは事実だったしね。三柱鳥居のところまで来て、勾玉が光り出して、やっと御神渡りの本当の目当てに気がついたの」
「あの勾玉って、なんだったの?」
私が言うと、黒神由貴はかすかに首をかしげて、言った。
「現物はもうないから、想像で言うしかないんだけど……あれってヒヒイロカネだったのかも、って」
「ヒヒイロ……なんなの、それ」
「真理子はラノベとか読むから、こう言った方がわかりやすいかな……オリハルコン」
「マジでぇ?」
エピローグ
あのあと、大坪ミキから無事帰宅したとの連絡と礼が来て、それからしばらくは連絡が来ることはなかったのだが、3ヶ月ほど過ぎた頃だっただろうか、再び連絡が入った。
あのドタバタ騒ぎのことについて軽く話したあと、大坪ミキは自分の近況を話した。と言うか、そちらがそもそもの本題だったらしい。
『……でさ。あたし、三枝実業をやめることになったんで』
いきなりそんなことを言い出したので、驚いた。
「え。なんで? なんか悪いことしたの?」
『あたしは別に悪いことと思ってないんだけどね。なんつーか、不純異性交遊ってやつで自主退学。あははは』
「不純……って。そんなの、なんか証拠でも」
私が言いかけると、大坪ミキはさらに笑って、
『赤ちゃんができちゃったからねー。仕方ないよね』
「あか」
私は絶句した。あー。相手はマキノくんなんだろうな、やっぱり。
「あの、あのさ。あんまり考えたくないんだけどさ。もしかして、カンパ集めたり?」
『堕ろすってこと? ないないない。だから自主退学するんじゃん』
「じゃあ、学校やめてどうするの」
『んとね。マキノくんと結婚することになった』
「おおー!」
私は思わず声を上げた。そうなったか。
『お式は内々で済ませるし、披露宴はしないつもりなんで、あんたや黒神さんには来てもらえないけど、そういうことなんで』
「そうかー。おめでとう」
『ありがと。黒神さんにもよろしく言っといて。じゃね』
「ん、わかった。がんばってね。あんたはやればできる子なんだから」
私はそう言って、通話を終えた。
電話を切ってからふと気づいたのだが、私が最後に大坪ミキに言った言葉は、ものすごく微妙だったような気がする。
……ま、いいか。
おめでとう。
おまけ
あの神社での出来事のあと、黒神由貴がことあるごとに「うりうり♪」と、あのときできた擦り傷を私に見せつけてくる。
おめーのせいで玉の肌に傷が付いたと、私を責めているらしいのだ。
まあ、傷が治るまでの間だ。何回かに一度は、「しょーがねーな」などと言いつつ、アイスなどおごってやっている。