単品怪談

さざえ堂にて







 薄暗くなりつつある夕刻、近所の寺に出かけたのは、信心からではなかった。リストラされ、家でゴロゴロするのも居心地が悪く、なんとなくやってきたのだ。
 寺の正門脇に、「三十三年に一度の公開。さざえ堂」と墨痕淋漓と書かれた立て看板があった。
 さざえ堂。そんな物がここにあったのか。
 物珍しさに惹かれ、門をくぐった。
 境内中央に三重の塔があり、どうやらそれがさざえ堂であるらしい。
 塔の入り口が観音開きに開かれ、内部の左右に階段が見えていた。そう言えば、この扉が開いているのを見た記憶がなかった。
 「登り口」と書かれた方に歩を進める。
 塔の内壁には、仏画が掲げられていた。
 要するに「さざえ堂」というのは、二重らせん構造によって、効率的に拝観させるためのシステムなのだ。
 ギシギシと鳴る階段を上りながら、そんなことを考えていたが、ふと、壁に掲げられているのは観音や菩薩といった仏画ではないことに気づいた。かといって、現世で悪いことをするとこういう地獄に堕ちるといった地獄絵巻でもない。はて、これは……
 塔内部の最上部にたどり着き、回転方向が変わった。今度は下りになるのだ。
 どうやら、ここに掲げられている仏画は、極楽浄土への誘いであるらしい。ここに参拝すれば、現世の様々な苦痛から逃れ、安らかなる別天地へ行けると。
 そうなってくれれば、どんなにいいか。
 出口が近づいてきた。入るときは気づかなかったが、床まで届く垂れ幕がかけられていて、外が見えないようになっている。この垂れ幕を開くことで、新たな世界への誕生を表現しているのだろう。
 「極楽浄土への道」と書かれた垂れ幕を持ち上げて外に出ると、そこは何もかもが真っ白な光に包まれていて──







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