とある新地で働く麗華さん(源氏名)は、夕刻に指名の連絡を受けて、お茶屋に向かった。お茶屋に着くと、女将さんがお客の待つ部屋を教えてくれる段取りなのだが、誰もいない。部屋名は聞いていたので、麗華さんは二階に上がり、部屋の外から声をかけた。
お客は和服を着込んだ七十代年配の老人だった。高齢のお客もけっこういるので、麗華さんは驚くこともなく応対した。
ところが、服を脱ごうとした麗華さんに老人は「脱がんでええよ」と言った。
「なんもせんでええから。話でもしよか」
老人はそう言って、本当に何もせずに話だけで帰っていった。もちろんお遊び代はちゃんといただいている。
老人を見送ったあと、さてどうしたものかと麗華さんが思っていると、お茶屋の奥から女将さんが現れて、「麗華ちゃん、どないしたん」と驚いている。
実はこれこれこう、と麗華さんが説明すると女将さんは、「その人、きっと『新地の不思議さん』やわ」と言った。
なんでも、その人の相方を務めると、幸運が訪れるとの言い伝えがあるという。
──なんじゃそりゃ。
と、麗華さんは思い、そしてそんなうわさを信じて期待する同僚たちを哀れにも思った。
「麗華ちゃん、ええことあるで」
若干うらやましそうな表情で女将さんは言ったが、麗華さん自身には実感がない。
お茶屋を出るとき、玄関脇に掲げられた額縁の写真に気づき、それがさっきの老人だったので、これは誰かと女将さんに訊くと、この新地の創設者の一人だという。
「まだお元気なんですか?」
「なに言うてんの。お女郎さんて呼ばれてる時代の話やで。とうに亡くなってはるわ」
いつかいいことがあるかな、と少しウキウキしている自分に驚きつつ、麗華さんは今もその新地でがんばっている。