通学の途中にある家が、ずっと気にかかっている。
……その家は、盛り塩をしていた。
盛り塩は、それほど珍しいことではない。
魔よけとか、商売繁盛のまじないとか、意味はいろいろある。
だが、その家の盛り塩のやり方は、どうも普通ではないように思えた。
その家は一戸建てで、周囲はブロック塀で囲まれている。
そのブロック塀の上、50センチ間隔ぐらいで、盛り塩されているのだ。
つまり、家の周囲ぐるりと盛り塩していることになる。
……で、私──榊真理子(さかきまりこ)はクラスメートの黒神由貴に、訊いてみた。
黒神由貴は、オカルトおたくというわけでもないのに、妙にこういうことには詳しい。
「……結界じゃないかな」
ちょっと考えて、黒神由貴は言った。
「けっかい? バリケードってこと? でも、入れるよ」
「ううん、人間相手じゃなくて、もっと霊的な物が対象ね。それが何かはわからないけど」
「そっかあ……。そう言えば、その家って、おじいさんとおばあさんと息子の三人で住んでるらしいけど……そのおじいさんが、まじない師なんだって」
「……まじない師?」
「そう。なんてったっけ……ホンミョウド?」
黒神由貴は一瞬いぶかしげな目になった。
「ああ、陰陽道(おんみょうどう)ね。……へえー。そんな人がいるんだ」
「うん。だから、よけい意味ありげに思えてね。……なんなんだろうね」
私が言うと、黒神由貴は苦笑した。
「まあ、どうということはないんじゃない? ……それより気になるのは、雨よね」
「雨?」
「何言ってんのよ。低気圧が接近してるのよ、今。
私、帰りに雨が降らないかどうかのほうが心配だわ」
そう言うと、黒神由貴は窓の外を見上げた。
低くたれ込めた真っ黒な雨雲が、そこにあった。
帰りはなんとか降られずに済んだが、夜から本降りになった。
雨は一晩中降り続き、あがったのは明け方になってからだった。
朝、学校までの道を歩きながら、私はあの家のことを考えていた。
あの雨では、盛り塩はすべて溶け流れたはずだ。
もう、ちゃんと盛り直しているのだろうか。だとしたら、ご苦労なことだと思う。
ちょっと気になって、私は盛り塩の家に足を向けた。
思った通り、例の家の盛り塩は、すべて雨で流れていた。
ブロック塀上には、何もない。
私は塀の上を眺めながら、家のぐるりを歩いていった。
──「ごっ」とか「がっ」とかいう、妙な、声らしきものが聞こえた。
なんだろうと思いながら角を曲がると、「それ」がいた。
男の人が倒れていて、その人の頭に刺さった巨大なナタを、「それ」が引き抜くところだった。
人間で、男であるというのは間違いないが、ひと目で普通ではないとわかる。
全身血まみれで、目の焦点が合っていない。
「それ」が、立ちすくんでいる私に気づき、ナタを振り上げて、向かってきた。
「撃ちなさい!」
声と同時に、パン! という音がして、「それ」ははじかれたように倒れた。
視界のすみに、銃をかまえる警官と黒神由貴の姿を見ながら、私は気を失った。
私が意識を回復したのは、病院のベッドの上だった。
「大変だったわね。……でも、もう大丈夫よ」
黒神由貴が言った。
「……結局、何があったわけ?」
「ナタを振り回したのは、あそこの家の息子だったみたい。夫婦も、家の中で殺されていたわ」
「あの盛り塩と関係があったの?」
「なんとも言えないわね……ただ、もしかしたら」
「もしかしたら?」
「あの結界は、外じゃなくて、内側に向けられていたのかも知れない。
外からの進入を防ぐためじゃなくて、中の“何か”を外に出さないために……」
「それが、あの、ナタを持った……?」
「それはわからない。……もう寝なさいって♪」
とりあえず、事件は解決したらしい。……だが、一つ疑問があった。
あのとき、黒神由貴は、警官に「撃ちなさい!」と命令した。
普通、女子高校生に言われたぐらいで、警官が犯人を射殺するだろうか。
彼女が、何かしたのではないのか? 彼女は、何者なのだろう?
……まあ、いい。
ちょっと不思議なところはあるが、私にとっては頼りになる友人だ。