単品怪談

スイカ譚


 友人のマンションを訪問した。

「スイカを食うのは久しぶりだな」

 私が陣中見舞いに持参したスイカを見て、友人は言った。

「ん。嫌いだったっけ」

「そうじゃないんだが」

 そう言って、友人は昔話を始めた。

 地方で育った友人は、山で虫を捕ったり川で泳いだり、そんな、田舎のガキ大将がやるような遊びをいつもやっていたらしい。
 そんなときの遊び相手はいつも同じで、同い年の男の子だった。
 ある日、どういうきっかけだったのか、その友達と大喧嘩になり、川に架けられた橋の上から、友達を突き落としたのだという。
 牛ほどの大きさもある河原の石に転落し、頭が砕けた。河原まで降りた友人が見たのは、友達の頭の中身──それは、黒い種が点々とある、スイカの果肉であった。
 友人はあわてて大人たちを呼びに行ったが、河原に戻ったとき、友達の死体は消えていた。
 さらに不思議なことに、その「友達」の存在を大人たちの誰も知らなかったという。
 結局、「狼少年」的な騒動で事態は収拾したのだそうだ。






「いまだにわけがわからんよ。見間違えじゃなくて、頭の中身は絶対に、黒い種のあるスイカだったんだ」

 友人はそう言うと、つ、と立ち上がった。
 そのままベランダまで歩き、そこから身を躍らせた。ここはマンションの10階だ。
 私は、持参したスイカをビニール袋から取り出し、両手で抱え上げて、フローリングの床に落とした。
 どしゃ、と音を立てて、スイカは砕けた。
 普通の、赤い果肉のスイカだった。
 ベランダまで行って、下を見た。
 姿を消すこともなく、友人はいた。


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