単品怪談

座り婆


 夜十時頃、自宅からコンビニへ買い物に行くのに、ちょっとした気まぐれで、普段は通らない裏道を歩いてみた。安普請の賃貸アパートが建ち並ぶ一画である。
 そこに、あの婆さんがいた。
 七十代半ばといったところだろうか。ドアのすぐ前、俗に言う体育座りで、じっと座っている。
 以前に何度か、この婆さんが今のように同じ家の玄関先に座っているのを見かけたことはある。しかしそれはいずれも日中のことで、まさかこんな夜にまでいるとは思わず、足がすくんだ。
 不気味ではあったがさすがに気になって、思い切って本人に訊くことにした。

「あの、いつもここで、何をしてはるんですか?」

 そう訊いてみると、婆さんは自分を上目遣いでちらりと見て、

「待ってますねん」

 とだけ、言った。
 それっきり、婆さんは何も答えず、ただ、前方をうつろな目で見るばかりであった。

 コンビニで買い物を済ませた帰りは、いつも通りの道を選んだ。あの婆さんがまだいたら、薄気味が悪いからだ。
 ──自宅近くまで戻ってきて、またしても足がすくんだ。
 近所の安アパートの住民たちが皆、玄関の外に出て、うつろな目をしてドアの前で体育座りしている。
 一人や二人ではない。あたりを見回す限り、すべての家の住民が同じ格好で座っていた。
 もしさっきの婆さんと同じ質問をしたら、「待っている」と答えるのだろうか。

 自宅まで戻った。
 ドアの鍵を開けようとして、ふと気が変わり、ドアの前に座り込んだ。
 待っていれば何かわかるらしいので、待ってみることにした。







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