単品怪談

特攻隊出撃基地近くの店







「失礼いたしますっ」

 そう言って部屋に入ってきたのは、丸刈り頭をした精悍な顔つきの青年であった。
 入口のそばにひざまずいて待機していた若い女が、頭を下げてあいさつした。

「本日の相方を務めさせていただきます、カエデと申します。至らない点もあろうかと存じますが、ご容赦下さいませ」

 部屋は六畳ほどの和室で、中央には安物の夜具がのべられている。

「御出撃はいつでございますか」

 青年の服を脱がせながら、若い女──カエデは言った。

「明後日の早朝です。ですがあの、これはどうか、内密に。……今夜は、中隊長にここへ行ってこいと命ぜられまして」

「御武運を」

 つい言ってしまい、カエデは唇を噛む。この青年にとっての「武運」とは、すなわち死を意味するのだ。

「ありがとうございます。一命を御国のために捧げられる喜びを」

「御国のためじゃなくて」

 青年の言葉をさえぎり、カエデは思わず言う。

「御国のためとか、そういうのではなくて」

 その先が続かず、カエデは頭を下げる。

「出過ぎたことを申しました。お許し下さいませ」

 カエデは青年の手を取り、夜具へいざなった。



「──えと。これでいいンすか」

 荒い息がやや整った頃、青年は身体を起こして言った。部屋に入ってきたときと比べると、精悍さが失せていた。

「はい。お疲れ様でしたー。シャワーを浴びたら、帰りにフロントによって、お清めのお塩をもらってくださいね」

 青年が部屋を出た後、カエデは店長に内線電話をかけた。

「カエデです。セガキ終わりましたー。はい。はい。わかりました。失礼しまーす」

 この店は、オーナーが坊主だからか、奇妙な施餓鬼会を行う。
 女の身体を知ることなく特攻隊として死んでいった若者を哀れみ、抽選で選ばれた町内会の青年を招待するのだ。
 当時の言葉遣いを強制されているわけではないが、不思議なことに、施餓鬼会役となった女たちは例外なく古風な話し方になる。
 そもそも、現代っ子のカエデが「武運」などという単語を知るはずもない。それは特攻隊員役に選ばれた青年も同様だろう。

「……ありがとうございました」

 部屋を出るとき、声が聞こえたような気がして、カエデは振り返る。
 もちろん、部屋の中には誰もいない。


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