ようやく頂上にたどり着いた。
夜中、しかも病院のスリッパで山に登るのはさすがに骨が折れたが、これで苦労も報われる。
やっと君たちに会えるよ。
戻るのが遅くなって済まなかった。
──看護婦さんにバレなかったかって?
ははは。大丈夫。看護婦の詰め所はうまくやり過ごしたさ。
碑が見えてきた。君たちの名を彫り込んだ碑だ。新聞記事の写真よりも立派だなあ。
──はて。
あれはなんだろう。
碑の横に、樹が一本生えている。
植樹したという話は聞いていないが。
樹の高さはそれほどでもない。ざっと三、四メートルといったところか。そばまで行って樹を見上げた私は、目を見張った。
夜目にも白く、握りこぶし大の花がいくつも咲いている。いや、驚いたのはそこではない。
すべての花の中に、顔があった。
花の中の顔は、君たちだった。
私が死なせてしまった、君たちの顔だ。
花の中の、君たちの顔が、笑っている。
君たちは、私を許してくれるのか。
はらり、と花がひとつ落ちてきた。
はらり。またひとつ。
はらり。はらり。
前日の夕刻から姿が見えなくなっていたF氏が、翌朝になって病院の中庭で心肺停止状態で発見された。ただちに蘇生措置が取られたが、意識を回復することなく、F氏は亡くなった。
F氏が膵臓ガンで当病院に入院したのは昨年のことで、すでに末期であった。
F氏は教職に就いていた若い頃、学校の登山行事で生徒十名ととある山に登り、道に迷って遭難したという。入院当初からF氏は遭難事故が起きた山への再訪を望んでいたが、もう歩行もままならない容態であり、ここ一週間ほどは意識の混濁も見られ、外出は不可能なはずであった。
F氏が中庭で見つかったことについて、すべての看護師が首をかしげた。そこで倒れていたのなら見つからないはずはなく、なにより、何度も中庭を通っている、と。
さらに奇妙なのは、倒れていたF氏を取り囲むように落ちていた、直径十センチ弱の白い花であった。そもそも中庭にはプランターに植えられた草花しかなく、そのような大きさの花が咲く樹木はない。
発見されたときのF氏の表情が、この上もなく安らかであったこともまた、奇妙と言えば奇妙なことであった。
【当直医師の個人日記より】