「……ね、黒神さんって、どんな人?」
別のクラスの友人から、たまーにそんなことを訊かれる。
私が黒神由貴と一緒にいることが多いからそういうことを訊くのだろうが、そんなことを訊いてどうする。
でまあ、とりあえずこう答えておく。
「どんなって……ふつーの子だよ。噛みついたりしないよ」
……しかし、なんでそんなことを訊くんだろうな。
訊き方からして、黒神由貴を嫌っているわけではなく、興味はあるが、どうアプローチしていいものか考えあぐねているという雰囲気なのだ。
黒神由貴って、そんなに近寄りがたいか?
……私は、向かいに座っている黒神由貴の顔を眺めた。
初夏の休日である。
黒神由貴と二人、池袋へ出かけた。
私は別にどこでもよかった。昨日の帰りに黒神由貴に声をかけたら、池袋にある巨大書店に用があるということなので、そこに決まったのだ。
買い物も終わり、のども渇いたので、喫茶店に入った。
レトロな雰囲気の喫茶店で、今風の「フラッペ」ではなく、オーソドックスな「イチゴ」「レモン」などのかき氷を置いていた。
私はイチゴ、黒神由貴はみぞれをチョイスした。
で、黒神由貴は、都内にある私立女子校、星龍学園高等部の2年生だ。
もちろん、私──榊真理子も同様である。
とりたてて校風がきびしいというわけではないが、比較的おとなしい学校だと思う。
黒神由貴は身長が158センチ、体重は不明。(教えてくんない)
スリーサイズも不明だが、着替えてるときをしょっちゅう見るわけだから、けっこう「メリハリ」ボディであることを、私は知っている。もちろん胸の形も。
女の私が言うのもなんだが、かなりいい。「美乳」ってヤツだろうか。
C……いや、ひょっとしてDカップはあるかも。
顔。輪郭は楕円……瓜実顔というのだろうか。
目は切れ長の二重だが、つり目というわけではないし、冷たい印象もない。
強いて言えば、理知的で神秘的な印象を受ける。
鼻筋は通って、唇は厚くもなく薄くもなく、大きくもなく小さくもなく、──なんだ、典型的な美人顔じゃないか。
髪は肩よりゲンコ一つ長いぐらいの、真っ黒なストレートロング。
性格はどうだろう。
物静かでおとなしいが、消極的というわけではないと思う。
それと、世俗的なことには「うとい」ような気がする。
学校の成績は、かなりいいはずである。
特に、国語系と社会(歴史)系はダントツだ。
成績表を見たわけじゃないけど、授業の様子を見ていれば察しは付く。
ついでに、私。
身長は168センチ、体重とスリーサイズは──訊くな。
顔は……本人はそこそこだと思っているのだが、どうだろう。
髪は肩より少し長いぐらいにしている。
成績も訊くな。
で、どうして黒神由貴に近寄りがたい雰囲気があるか……わからんよなあ。
今だって、かき氷をほおばりすぎたのか、冷たさに顔をしかめているところなんか、めっちゃ可愛いぞ。
私が男だったら、絶対にほっとかない。うん。
ただ……そうだな、今思い出したけど、黒神由貴はたまに鋭い目をするときがある。
そう、「塩の家」のことを話したときや、延嶺寺に無惨絵を見に行ったときとかがそうだった。
考えてみると、何かしら不可思議な出来事がらみのとき、ふっと鋭い目つきをする。
たとえば、今喫茶店に何人か男性の客が入ってきたが、その客が店に入ったとき、黒神由貴は一瞬、そういう目をした。
……って、
( ゜▽ ゜;) えっ!?
ここになんかあるってか?
思わず、今入ってきた男性客を見る。
男性客が私たちの横の席についた。
間を置かず、ウエイトレスがお冷やを持ってきた。
「あれ? 一つ足りないよー」
男性客の一人が言った。
確かに、人数四人に対し、お冷やのコップは三つしかなかった。
「あ。失礼しました。すぐ持ってきます」
すぐにお冷やが追加され、ウエイトレスは注文を取った。
すべてアイス・コーヒーであった。
「お待たせいたしましたー」
ほどなくして、アイス・コーヒーが運ばれてきた。
「あれ?」
「あら……」
今度は、男性客とウエイトレスが同時にとまどったような声を上げた。
「えっと……一つ多いけど……」
「あの……4名様……でしたよね……?」
「いやあ、三人だよー」
横で聞いていた私も首をかしげた。
確か、席に四人座って、お冷やも一つ追加したはずなのに……
現に、お冷やは四つ置かれているし。
アイス・コーヒーを三つだけ置いて、ウエイトレスは首をかしげながら戻って行った。
「あのー……」
それから数分ほどして、男性客がウエイトレスを呼んだ。
「はい」と返事して席に向かったウエイトレスの眼に、すでに不審気な色があった。
「俺の分のアイス・コーヒー、まだぁ?」
「えと、あの、でも……さっきは3名様で……」
ウエイトレスの眼が泳いでいる。
とまどいを通り越して、パニックになりかけていた。
「ふう……」
黒神由貴がため息をついたのに気づいて、私は彼女に眼を向けた。
「しょうがないなー」
黒神由貴は苦笑いを浮かべながら、紙ナプキンに何か書き込んでいた。
のぞき込んだが、よくわからない文字だ。
「さて、そろそろ出ようか」
黒神由貴が立ち上がった。
「あ、うん……」
隣の席が気がかりだったが、仕方がない。私も立ち上がった。
黒神由貴がテーブルの伝票を取り上げようとした。
「あ……!」
どういうはずみか、伝票を取ろうとしたとき、さっき何か書いていた紙ナプキンが黒神由貴の手から離れ、隣の席へヒラヒラと飛んでいった。
思わず目で追う。
紙ナプキンがテーブルの真ん中に落ちたのを見た男性客の一人が、顔をしかめた。
違う。
しかめたのではない。
顔が歪んだのだ。
「えっ」と思ってもう一度見直すと、顔が歪んだ男性客の姿が薄れ、次の瞬間には消えていた。
「あ、ごめんなさい。すいませえん」
やけに「ブッた」声でわびながら、黒神由貴が紙ナプキンを取った。
「あ、いや……別にかまわないよ」
男性客の一人が、ほうけたような顔で言った。
そばに立つウエイトレスも、きょとんとした顔をしている。
「行こ」
くすっと笑って、黒神由貴が言った。
喫茶店を出て、私は黒神由貴に訊いた。
「ねえねえ。今何があったの?」
私の質問には直接答えず、紙ナプキンを折りたたみながら、黒神由貴は言った。
「……まあ、たまに変なのがふらついていることがあるからね」
「くろかみー。あんた、もしかしてその紙ナプキン、わざと飛ばしたね?」
私は訊いたが、黒神由貴はくすっと笑っただけだった。
うん。
黒神由貴を語る上で、どうしても外せないのはこれだ。
最近ようやく気づきはじめたのだが、どうも黒神由貴には何かある。
人に言えない秘密とかそういうのではなく、不思議な才能があるようなのだ。
そしてその不思議な才能というのは、鋭い眼をするとき/出来事に対して発揮されるようだ。
それが……不思議な才能にしろ不思議な出来事にしろ、それがいったいどういうものなのかは、私にはさっぱりわからないのであるが。
いつか私もその出来事を知る機会が来るのだろうか。
見てみたい気もするが、それってもしかするとかなり怖いことなのかも知れない。
「あ、そう言えばさ」
ふと、私はあることを思い出した。
「牝牛(めうし)、もうすぐ産休取るらしいよ」
「うちの担任が? へえー。臨時の先生来るのかな」
「たぶんね。いい男だったらいいんだけどな♪」
うちの学校──星龍学園高等部にどういう先生が臨時として来るのか、もちろん私には知るよしもなかった。