単品怪談

ようこそ、この町へ


 あら、お向かいの。まあ、わざわざ引っ越しのご挨拶に。ごていねいに、こんなけっこうなものまで、ありがとうございます。
 いかがですか? ここは。
 驚かれたりなさいませんでした?
 そうですか。それはようございました。
 いえなにしろここは、もののけと人間が共存している町なものですから。今でこそそんな町はどこにでもありますけど、ここは、なんと言いますか、先駆者? パイオニア? なものですから。当初はけっこうな話題になりましたの。知らずに越して来られた方は、そりゃあもう驚かれて。
 奥様はここのことはご存じで。
 でしたら話は早いですわね。
 ここは、ご夫婦のどちらかがもののけというお宅がほとんどで、たとえばお隣の奥様はろくろ首ですの。伸びるのではなく、離れてふわふわと飛ぶ。
 いえ。日本の方ですから、首だけです。内臓むき出しでぶら下げて飛び回ったりはされません。
 と言いますか、めったに首だけで飛び回ったりなさいません。
 たまに飛ぶときは……奥様、ここだけの話ですわよ。夜、ご夫婦のお時間で、奥様が最高潮になられたときに、ふわふわあっと。
 以前、夜風に当たって我に返られたときに、たまたまわたくし、干し物を取り込んでいて、目が合ってしまいまして。それはもう、顔を真っ赤にされて、「飛ぶように」おうちに戻られました。
 まあ結婚されて5年目ということですし、あちらのご主人、お元気ですから。むしろうらやましいぐらいで。ほほほ。
 は。わたくしですか。はい、わたくしどもは、わたくしが、ちょっと人間とは違いまして。ええ、ぱっと見はわかりませんが。
 ほら。わかりますかしら。頭の後ろ。髪の毛で隠れていますけど、ここに口が。昔風に言うところの、「二口女」ですの。
 宅の主人などは口が悪いものですからね、「お前は人の倍、物を食う」などと言いますが、入るお腹は一つですからね、食べる量は変わりません。
 奥様は……あ、おっしゃらないでください。当ててみましょう。
 そうですね……そのふくよかなお姿から察しまして……化け狸! いかがです? 当たりましたでしょ?
 は?
 ご主人が、カラス天狗で……奥様は普通の……ま、まあっ! わたくしったら、なんてこと。あ、あの、とんだ粗相を。あの、とにかくあの、ここは住みやすい町ですので、困ったことがありましたら、なんなりと。
 ごめんくださいませ。






本作は以下のリンク先で朗読が聴けます
https://www.youtube.com/watch?v=0zmlLSvGIQE
朗読:ビストロ怪談倶楽部様

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