夕方から降り始めた雪は夜半になって小降りになったものの、もうかなり積もっていた。
たとえ繁華街であっても、雪国の夜は暗い。
街を歩く人の数も、多くはない。
貴女の姿を見つけたのは、そんなときだった。
暖かそうなコートに身を包み、少しうつむき加減に歩くその姿。
顔は見えにくいが、僕の目に狂いはない。
僕は、貴女の後を追った。
あれは、貴女だ。
ずっと捜していた、僕の理想の人。
今まで、何人も間違えたけれど、今度こそ間違いない。
脇道に折れた貴女を追って、僕も足早に脇道に入った。
貴女のすぐ後ろまで近づいたとき、僕は思いきって声をかけた。
「……あの……」
貴女が振り向いた。
「さっきからついてきてるけど、なんか用?」
貴女は言った。
声をかけてはみたものの、僕は次の言葉が言えないでいた。
貴女に会えたことの、喜びと緊張がそうさせているのだ。
美しくて、清らかな、貴女。
僕を見る貴女の口元が、ふっとゆるんだ。
「ああ……それとも、遊びたいのかな? あたしと」
遊ぶ……?
「そうねえ……これでどう?」
貴女は腕を上げ、指を3本出した。
「あの、それって、どういう……」
僕は、ようやくそれだけを言った。
貴女の言葉の意味が分からなかった。
「違うの? だったらちんたら追っかけ回すのやめてくんないかな。
こっちも商売なもんでね。童貞小僧の相手してる暇ないし」
「どうして……そんなことを貴女のような人が言うんだ……」
「わけわかんないこと言わないでよ。あんた、おっかしいんじゃないの?
チンカス臭いガキは、さっさと家帰って、せんずりでもかいてたら?」
貴女は嘲笑った。
やっと気づいた。
僕はまた間違えてしまったらしい。
また、改めて貴女を捜さなければならない。
でも、その前に、貴女と偽って僕をだまそうとした、
この薄汚い生き物をなんとかしなければ。
僕はポケットから手を出した。
薄汚い女は、僕の持っている物に目をやって、言った。
「何よ、その金づち。何しようってのよ」
「これは『ゲンノウ』と言います」
僕は女の間違いを正してやった。
「あ……あ、あ」
女が突然奇妙な声を上げた。
「こ、このあたりで女を殴り殺して回ってる殺人鬼って、あんたの」
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
僕の大切なゲンノウが、ベタベタになってしまった。
足元の女を見下ろし、僕は不思議に思っていた。
……どうしてこんな女を、貴女と間違えたんだろう?
だって、全然似ていないじゃないか。
貴女は、こんな風に眼球が飛び出したりしていないし。
貴女は、こんな風に顔がデコボコじゃないし。
貴女は、こんな風に頭が割れて何かがはみ出したりしていないし。
僕はため息をついて、大切なゲンノウをポケットに収めた。
……どこに行けば貴女に会えるのだろう。
僕はとぼとぼと脇道を出た。
脇道から出た僕の目の前を、何かが横切った。
貴女だ。
あの後ろ姿。間違いない。
僕は、貴女の後を追って行った。
雪が、また激しく降り始めた。
ツイート本作は以下のリンク先で朗読が聴けます
https://www.youtube.com/watch?v=gqU47haZ5M8
朗読:ビストロ怪談倶楽部様