単品怪談

穴神様 (前編)







1.寺社めぐりの高橋くん

 今年24歳になるフリーターの高橋くんの趣味は、神社仏閣めぐりだ。
 いささか抹香(まっこう)臭いが、高橋くんは取り立てて信仰心があついわけではない。
 高橋くんが好んで回るのは、オカルト色の強い神社仏閣ばかりなのだ。
 だから、関東で言えば「将門の首塚」や「お岩稲荷」などは押さえているし、東北では「恐山」、関西では「高野山」はもちろん訪問済みだ。
 そんな高橋くんであるから、時間が自由になりやすいフリーター稼業がやめられない。
 半年ほどバイトしてお金を貯めた高橋くんは、今回、瀬戸内地方の寺社めぐりにやってきた。
 瀬戸内には平家ゆかりの神社仏閣が数多く存在している。
 神社好きのオカルトマニアにはこたえられない地方だ。

 午後3時、「忌宮神社」や「赤間神宮」などの有名どころを回った高橋くんは、小さな港にいた。
 もう少し穴場的な神社を回るか、街に出て安宿にチェックインするか、高橋くんは迷っていた。
 それが道に迷っているように見えたのか、高橋くんの背後から声がかけられた。

「どこかお探しですかな?」

 振り向くと、70をいくつかすぎたぐらいの老人が立っていた。

「いやあ、探していると言いますか、その」

 と、高橋くんは寺社めぐりをしていることや穴場的な神社を探していることなどを話した。
 そんな高橋くんの趣味が珍しかったのか、老人は笑いながら言った。

「若いのに信心深いことで、よろしいですな」

 いや別に信心深いわけでは……と、高橋くんは言いかけたが、説明が面倒なので、やめた。

「珍しい神社なら、うちの島にもありますがな」

 ふと思い出したように、老人が言った。

「うちの島?」

「じゃ。ここから船で、そう30分ほどのところの、小さい島ですがな。変わった神社がありますで。わしはその島のもんですわ」

 老人は海の方を指さして言った。

「変わった神社というのは、どういう……?」

「小さな神社ですがな。洞窟がありまして、そこに『穴神様』をお祀りしておりますで」

「『穴神様』……」

 高橋くんは首をかしげた。
 洞窟がらみの神様と言えば「天の岩戸」の前で舞った「アメノウズメノミコト」が有名どころだが、そういうのとも違うようだ。
 老人の説明では今ひとつ要領がつかめなかったが、高橋くんは大いにそそられた。

「定期船か何かあります? ぜひ見てみたいです」

 高橋くんが言うと、老人は目を丸くした。

「これからですかの? 何かご予定があるのでは」

「いえ、今はフリーターですので、いくらでも自由はききますし。どこに泊まるかも決めていないので、どうにでもなります」

「おうちの方が心配されるのでは」

「一人暮らしなんで、それも問題なしです。──あ、もしや部外者には見せられない?」

「いやいや、そういうわけではないんですがの。……だば、こちらへ」

 そう言って、老人は先に立って歩き出した。
 船が係留されている岸壁に沿ってしばらく歩いて、老人は一艘の漁船の前で立ち止まった。

「留(とめ)さん」

 老人が声をかけると、ロープを巻いていた漁船の持ち主が顔を上げた。
 老人と同年配ぐらいであった。

「小さいもんで、うちの島には定期船がありませんでの。留さんの船で送り迎えしてもらうです」

「源さん、そちらは?」

 留さんと呼ばれた老人が、甲板の上から声をかけた。
 源さんというのが、高橋くんを案内した老人の名なのだろう。源太とか、源治郎とか。

「お客さんだわ。港でたまたまお会いしての。うちの『穴神様』を見たいんだと」

「『穴神様』を? そりゃ珍しいの。奇特な人だわ。──で? お連れすればいいんかの?」

「じゃあじゃあ。わしももう帰るところだて。頼むわ。さあ、お客人」

 老人にうながされ、高橋くんはおっかなびっくり漁船に乗り込んだ。
 魚の臭いが鼻につく。
 続いて老人が乗り込むと、留さんと呼ばれた老人は、すぐにエンジンを始動した。

2.小さな島の小さな神社

 老人──源さん──の言葉通り、島へは30分足らずで着いた。
 なるほど小さい。
 小さな山をぽんと海に浮かべた、といった感じだ。
 島は海岸線からすぐに傾斜が始まっていて、道路らしい物は海岸線と平行に走っている道だけで、それにしたところで、コンクリート舗装の1.5車線幅程度の道だった。

 いったい、何世帯が住んでいるんだろ。

 港から島を見上げた高橋くんは思った。
 この雰囲気では、駐在所や役場などの行政機関もないだろうな。

 港の桟橋に、石碑のような物が立っているのに、高橋くんは気づいた。

「狗斗瑠島」

 石碑にはそう彫り込んであった。
 読めない。
 源さんに読み方を訊こうと思ったが、すでに源さんは先に歩き出していた。
 高橋くんはあわててその後を追った。

 源さんに案内され、高橋くんは島の世話役の家に向かった。
 村長という役職名でないのは、行政エリアである「**村」というのが、この島だけを指しているわけではないからだ。
 実質的には、その人がこの島のトップということだ。

 世話役(この人もまた、源さんぐらいの老人だった)は突然訪問した高橋くんを見て驚いたが、源さんから話を聞くなり、大歓迎した。

「こんなへんぴなうちの島に若いお客人がくるのは、滅多にないことですで。今日はぜひ、泊まっていきんさい」

 世話役がそんなことまで言い出したので、高橋くんは面食らった。

「いえ。いくら何でも、そこまでしていただくのは、ちょっと」

 高橋くんはそう言ったが、世話役は取り合わなかった。
 地方のご老人にはありがちな強引さである。
 好意には違いないのだ。
 やむなく、高橋くんは甘えることにした。

「……あの、それはともかく、『穴神様』というのを拝見したいのですが」

 高橋くんが言うと、世話役は思い出したように立ち上がった。

「おお。そうでしたな、失礼しました。ではさっそく行きますか。なに、すぐですわ」



 地方の人が言う「すぐ」は、都会育ちの人間にはあてにはならない。
 そう思った高橋くんだったが、意外にも「穴神様」は思っていたよりは近かった。
 それでも、世話役の家を出て15分ちょっと、傾斜の続く道を登るのはちょっと疲れた。

 灌木の中を歩いていると、やがて赤く塗られた小さな鳥居が見え、それをくぐると、ぱっと視界が開けた。
 そこは広場のようになっていて、地面が平らにならされていた。
 鳥居の反対側、広場を挟んで相対する場所に、小さな社があった。

「ほおー」

 思わず高橋くんは声を上げていた。
 悪くない。
 地方の、それも過疎もいいところの小さな島にある神社にしては、よく手入れされていると言っていいだろう。
 これに似た雰囲気の神社と言うと……
 高橋くんは記憶を探った。

 京都の「貴船」だな。奥の院の方。

 社の背後は、また山になっていて、社は崖面に背中を付けるような形で置かれている。
 要するに、山の中腹にむりやり広場を作ったような印象を受ける。

「あれが『穴神様』ですわ」

 世話役が言って、社に向かって歩き出した。
 高橋くんも続く。

 社は、それほど手の込んだ造作ではなかった。
 おそらくは船大工が作ったのだろう。
 社の前には、小さな賽銭箱。
 高橋くんは小銭を投入し、柏手を打った。

 顔を上げる。
 そこで、高橋くんは社の背後にある物に気づいた。
 社の背後をのぞき込む。

「気が付かれましたか」

 世話役が笑った。

 社はただ崖面にぴったりと押しつけられて置かれていたのではなかった。

「洞窟……」

 社の背後には、大人が少し腰をかがめて入れる程度の高さの、小さな洞窟があった。

「ああ!」

 高橋くんは顔を上げ、世話役を振り返った。

「洞窟というか、穴。──だから『穴神様』というわけですか」

「そういうことですな」

「すると、ご神体はあの中ということですか」

 高橋くんが言うと、世話役は首をかしげた。

「さあて。そのあたりがはっきりしませんでなあ。穴の奥が奥の院とも言えるし、穴そのものがご神体とも言われたり──そもそも文献などはありませんのでなあ」

「みなさんは、どういう想いでお祀りしているんでしょう? ええと、その──ご利益とか」

「ああ、それははっきりしとりますよ。豊漁祈願ですな。年1回、豊漁を願って『穴神様』に供物を捧げてお祈りしますです。うちらでは『じきさい』と言うとります」

「『じきさい』?」

「喰べる、祭り、と書きますな。昔は豊漁がそのまま島民の食生活に直結しておりましたで、そういう名前になったんでしょうな」

「あの中には入れるんでしょうか」

 高橋くんが訊くと、世話役は一瞬ためらってから、言った。

「入れます。中は何もありませんがの。──ご覧になっていただきたいところですだが、中は島のもんしか入れん決まりになっとりますで。こらえてやってください」

「いえ。もしできればと思っただけで。ありがとうございました」

「それでは戻りますかの」


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