黒神由貴シリーズ

ガール・ミーツ・ガール(前編)


私立星龍女子学園略史

1923年(大正12年)●星龍高等女学校設立

1938年(昭和13年)●財団法人星龍高等女学校に改組。

1945年(昭和20年)●東京大空襲。奇跡的に損壊はほとんどなし。

1948年(昭和23年)●学制改革に伴い、校名を私立星龍女子学園に改称。

1955年(昭和30年)●中等部、短大部を設立。

1979年(昭和54年)●校舎老朽化のため、隣接地に新校舎建設開始。

1980年(昭和55年)●現在地に新校舎が完成。移転。



1.帰り道にて


 星龍学園からの帰り道、例によって黒神由貴と二人、ファーストフードの店に立ちよって、無駄話に花を咲かせている。
 私は、シェイクを美味しそうに飲んでいる黒神由貴の様子を見て言った。

「くろかみー。今ふと思ったんだけど、あんた、星龍学園に入学した頃に比べると、変わったよね」

「え。そう?」

 シェイクのストローから口を離し、黒神由貴は目を丸くして言った。

「変わったよ。言われない?」

「……そう言えば、ママからそう言われたことはある」

「でしょ。そう思うもん」

「どう変わったのかな。……変になった?」

 おずおずと訊く黒神由貴に、私は大げさに手を振って否定した。

「違う違う。逆よ逆。星龍学園に入学した頃と比べたら、あんためっちゃ明るくなってんのよ? 自覚ない?」

「……あんまりない」

 私は苦笑した。
 黒神由貴らしいと言えば言えた。

「……今だから言えるけど、入学式の次の日、教室でみんな自己紹介したじゃない? えらいおとなしい子だなあって思ったもん。まあ、うちの学校って、中等部からのエスカレーター組が多いから、入学前から顔見知りなんだけどね。だからどうしても、高等部からの入学組は目につくのよね」

「でも、真理子は声かけてくれたよね」

「あー。うん。でも声かけた理由ってさ、ほら」

 私が笑いを浮かべながら言うと、当時のことを思い出したのか、黒神由貴もくすっと笑って、言った。

「……肝試し?」

「そうそう。あの探検」

 私と黒神由貴はお互いの顔を見つめて、クスクスと笑いあった。
 そうだな。
 ちょっとおっかない出来事ではあったが、私と黒神由貴が親しくなったのは、あの肝試しがきっかけだったと言っていいと思う。
 あのときに遭遇した「存在」が言ったように。


2.入学式の翌日

 星龍学園高等部入学式の翌日。実質的には、この日が1学期の始業日である。
 すでに前日の入学式のときにクラス分けが決まっていた私たち新入生は、自分たちの教室に入っていた。
 ただ、誰も席には着いていない。
 どこが誰の席か、まだ決まっていないからだ。
 みんな、教室のあちらこちらで何人かのグループになって、おしゃべりに興じている。話している内容は、誰それは何組になっただの、そういう話題ばかりだ。
 固まっているのは、たいていは星龍学園中等部からのエスカレーター組か、他の同じ中学からの入学組だ。
 一人でポツンとしている子も何人かいた。同じ中学からの入学組がいないか、いても他のクラスになったか、なのだろう。
 やがて、教室前方の扉を開けて、巨漢の女性が入ってきた。
 三十代半ば、といったところだろうか。太っているにしても、やけに大きなお腹だなと思ったが、後に妊娠6ヶ月であることがわかった。

「はい静かにー。まず、席を決めましょうか。五十音順に座っていきましょ。名前を呼ばれた人から、順に座っていってちょうだい。──それじゃまず、相田さん。青山さん──」

 次々に名前が呼ばれて席が決まっていき、やがてすべての生徒が席に着いた。

「はい。それでは、いずれまた席替えすることもあるでしょうけど、とりあえずはその席ということで。私は皆さんの担任の浦沢です。これから3年間、がんばっていきましょう。──さて。今日は初顔合わせということで、中等部から来た人はすでに顔見知りの人もいるでしょうけど、高等部からここに入った人もいるので、順に自己紹介していきましょうか。ううん、簡単でいいわよ。趣味とか、中等部から上がったか高等部から入学したかとか、そういうのでいいからね。それじゃ相田さん。一番手で緊張するでしょうけど、あなたから」

「はい。──えと。相田香と言います。星龍学園中等部からのエスカレーター組です。趣味は──ヘビメタが好きです」

 席の順に生徒たちが立ち上がって、自己紹介していく。ざっと見た感じ、半分に少し足りないぐらいが中等部からのエスカレーター組のようだった。
 ア行からカ行に進み、クラスが同じだったことはなかったが顔見知りではあった喜屋武美咲が自己紹介をすませ、次に立ち上がった子は、初めて見る顔だった。

「……黒神由貴です」

 その子は少し小さな声で名乗った。
 大人びているとも幼いとも、どっちともつかないような、不思議な感じだった。
 髪は肩胛骨くらいまでのストレート。つやつやとして真っ黒だ。
 身長は、平均ぐらいか。
 目は切れ長の二重だが、きつい印象は受けない。ぶっちゃけ、美人タイプの顔立ちだと私は思った。
 第一印象としては、かなりおとなしそうな……いや、正直に言ってしまおう。私はそのとき、「えらい暗い感じの子だなあ」と思ったのだった。

「高等部の入試組です。趣味は……読書です。お寺や神社を見て回るのも好きです」

 それだけ言って、その、やけに暗い子──黒神由貴は座った。
 暗いところに持ってきて、趣味がお寺や神社めぐりってどうよ──と、暗くて影が薄い印象にもかかわらず、逆に、黒神由貴という子のことが印象に残ってしまった。

 自己紹介は滞りなく進み、私の前に座る酒井美佳(さかいみか)が立ち上がった。彼女は中等部からのエスカレーター組で、中等部のときも私と同じクラスであった。

「酒井美佳です。エスカレーター組です。趣味は、えっと……怖いものが好きです。実話怪談には目がありません。『超怖い話』シリーズとか『新耳袋』シリーズとか、全巻コンプリートしています。いつか、心霊スポット探検なんか、してみたいです」

 酒井美佳はそう言った。
 そうだった。
 酒井美佳は中等部にいた頃から、心霊恐怖譚が大好物であった。マニア、と言ってもいいのかも知れない。本やネットで仕入れたらしい、うさんくささ満点の「実話」を、何度となく聞かされた。
 酒井美佳が座った。私の番だ。
 噛まないかな。声がひっくり返らないかな。
 心臓がバクバクしているのを自覚しつつ、私は口を開いた。

「榊真理子です。私も中等部からのエスカレーター組です。中等部では、ソフトボール部に入ってました。趣味は……えっとー、読書です。怖い話も好きですけど、実際に怖い体験するのはいやなので、読むだけです」

 身体をねじって私の自己紹介を聞いていた酒井美佳がにやっと笑った。「あんた、そんなに読書家じゃないじゃん」──と、その目が言っていた。
 うるせー。

 自己紹介のあと、明日からのスケジュールが説明され、それで本日の予定は終了した。

「それでは、いよいよ明日から、星龍学園高等部の生活が始まります。楽しくやっていきましょうね。本日はこれで解散です。起立」

 全員が礼をすると、浦沢先生は教室を出て行った。
 先生が入ってくる前のように、再び、顔見知り同士が固まって、ワイワイと話し始めた。

「まーりーこー。いつから読書が趣味になったのかなあ?」

 ニタニタと笑いながら、酒井美佳が寄ってきた。

「うっさいなあ。ちょっと前からよ。悪い? ネットで読んだりするもん」

 口を尖らせて、私は答える。

「ふっふっふーん♪」

 私の弁明をせせら笑いながら聞いていた酒井美佳だったが、ふいに、話題を変えてきた。

「まあいいや。ところで真理子さ、今度の金曜の夜って、予定空いてる?」

「え……まあ、空いてるけど、何すんの」

 いきなりどうしたのかと戸惑いつつ私が言うと、酒井美佳は顔を寄せてきて、声を潜めて言った。

「実はさ、ここの、高等部の探検しようと思ってんの。夜に。だけどね、メンツが集まんないの。みんなビビっちゃって。んで、真理子だったら乗ってくるんじゃないかと思ってさ。──物好きだし」

「物好きはよけいよ。人聞きの悪い。で、今のところ、誰が参加するの」

「みずっち」

「ああ、みずっち。あの子だったら喜んで来そうよね」

 みずっちこと水内梓(みずうちあずさ)もまた、酒井美佳に負けず劣らず、怖い物好きだ。

「……って、それだけ? たった三人? 少なくなくない?」

「そうなのよ。せめてもう一人ぐらいいればさあ」

 酒井美佳はそう言いながら、あたりを見回した。
 誰か行きそうな生徒はいないか。というようなつもりではなかったと思うが、酒井美佳の顔の動きがピタリと止まった。
 その視線の先に、さっきの妙に暗い子──なんてったっけ。そう、黒神由貴──が帰り支度をしていた。

「あの子なんてどう。おとなしそうだから、チクったりしないだろうし」

「やめなよー。新入生いじめと思われるよー。あんたとかみずっちとかとは中等部から知ってるからいいけどさあ」

「大丈夫よー。安っすいホラードラマみたいに、置いてきぼりにしたりしないって。それに、ああいうタイプの子って、こっちから声をかけないと、いつまで経ってもクラスに馴染まないんだから。──だからさ、真理子、誘ってきてよ」

「ちょ、あたしが誘うわけ?」

「あんたって妙に人なつっこいじゃん。頼むわ」

 押し切られる形になって、私は黒神由貴に近づいていった。

「えっと……黒神さん?」

 私が声をかけると、黒神由貴は顔を上げた。突然声をかけられて驚いたのか、印象的な切れ長の目が、丸くなっている。

「あのね。あのね。入学早々こんなことに誘ってびっくりすると思うんだけど……」

 と、私は金曜夜の高等部校内探検(探検っつーか、実質は肝試しだろう)のことを手短に説明した。
 いぶかしげな顔でそれを聞く黒神由貴の顔を見て、(あー、こりゃ断るよな)と思っていたのだが、あっさりと「行きます」と言ったので、こちらの方が驚いた。

「まじで? 警備の人に見つかったら、すっごく怒られるよ、きっと。いいの?」

 誘った私が引いた。






3.侵入

 いよいよ探検当日。時刻は真夜中の0時。学園のそばに、私、酒井美佳、水内梓、そして黒神由貴の四人が集合した。
 服装は四人とも星龍学園の制服だ。
 別に外出時は制服着用のことと決まっているわけでもないし、まじめぶっているわけでもない。
 もし校内で見つかったときに、「忘れ物を取りに来た」とか「部活で残っていた」とか言い訳をするためだ。

「んで、どっから入るわけ? 今どきだったら、セキュリティ・システムは完璧なんでしょ?」

 黒々とした3階建て校舎の影を眺め、私は言った。

「そのあたりはまかして。ちゃんと情報は仕入れてるんだ♪」

 酒井美佳が得意げに言った。

「ああ、今年卒業したお姉さんから?」

「そ。校舎裏に一ヶ所、センサーが故障してるところがあんのよ。そこから入るの」

「それはわかった。わかったけどさ、結局、中に入って何をするの」

 私はずっと気になっていたことを、酒井美佳に訊いた。そもそも目的はなんなんだよ。

「気になる?」

「そりゃなるわよ」

「あのね。星龍学園高等部って、在校生の間で伝えられているうわさっつーか、七不思議があってさ。それを調べようかと思って」

 酒井美佳は言った。
 星龍学園高等部に伝わる七不思議は、私も聞いたことがあった。
 でも、それって……

「まあ実際は、どこにでもあるような他愛もない話なんだけどね。音楽室の壁の作曲家の絵の目が動くとか、理科準備室のガイコツ標本が動くとか」

 私が疑問を口にする前に、酒井美佳自身が言った。

「でもね、もっともらしいうわさもあるのよ。それも二つ」

「どんなの」

「その一。東京大空襲のとき、校内の部屋に大勢の人が逃げ込んだんだけど、火事のせいで、校舎から出られないまま蒸し焼きになったんだって。その亡霊が今も校内をさまよっているんだって」

 酒井美佳は続けた。

「その二。深夜の学園内をさまよう小学生の幽霊がいて、その子を見ると、襲われて、殺される。こっちの方もその一と同じような感じで死んだ子らしいんだけどね」

 酒井美佳が奇談を説明したとき、たまたま黒神由貴に目をやった私は、彼女が一瞬首をかしげるのを見た。

 ──信じていないのかな? こういう系統の話は疑ってかかるタイプなのかな?

 私は思ったが、だったらそもそも、今夜この場にいないよなー。今のはなんだったんだろう。

「ほんとに出てきたら、どうすんのよ」

 私は言った。
 真夜中に校舎をうろつくだけでもいいかげんおっかないのに、そんなのに出てこられたら、たまったものではない。

「大丈夫。実はあたし、ちょっと見えるんだ。ヤバそうだったら言うし。それに、そういうのを追い払う方法も、ちょっとは心得てるから」

 酒井美佳は若干得意げな顔で言った。
 ほんとかよ。

 そろそろ頃はよし、ということで、私たちは校舎裏へ向かった。

 酒井美佳おすすめの侵入ポイントに行くには、まず学園内に入らなければならないのだが、星龍学園は、正門以外はコンクリート塀の上に鉄条網が張られている。それも、ごていねいに3本。さすがに星龍学園の制服姿で鉄条網を乗り越えようとは思わないし、鉄条網を切断する道具もない。第一、そうまでして侵入する気もない。
 どうするのかと酒井美佳について歩いていると、やがて酒井美佳は立ち止まった。

「こっから中に入られるのよ」

 塀を指さし、酒井美佳が言った。

「あそこだけ、鉄条網がないの。電信柱が邪魔で、そこだけ張らなかったみたい。で、塀の外には物置があるでしょ。あそこから塀に登って、電信柱を伝って」

 なるほど、確かに酒井美佳の言うとおり、塀のすぐ内側、ほとんど塀と接するように電信柱が立っていて、その部分だけ、鉄条網が張られていない。

「でもさ、あそこから入るとしたら、感電しそうで危ないじゃん」

 私が言い、水内梓もこくこくと首を縦に振って同意したが、酒井美佳は「チッチッチ」と立てた人差し指を左右に振った。

「よく見てよ。電線ないでしょ」

 「え」と思って電信柱を見ると、確かに酒井美佳の言うとおりだった。

「去年、学校内への電線はみんな地下に埋められたんだって。だからこの電信柱も必要なくなってるわけだけど、まだ残ってるのよ。たぶん、そのうちなくなるだろうけどね。で、電信柱がなくなったら鉄条網もちゃんと張られるんだと思うけど、まだそのままなのよ。だから、つまり、ここから中に入られる」

 酒井美佳を除いた私たち三人は「へえー」とすなおに感心した。そんなことに感心してどうする、という気もしないではなかったが。

 いよいよ侵入を実行したが、やはり実際にやってみるといろいろと勝手が違って、4人ともけっこうモタモタしたが、ケガもなく無事に塀の内側に立つことができた。
 続いて、酒井美佳のおすすめ侵入ポイントへ向かう。
 校舎の外れにあるその部屋は、使われていない文化系部室の一つらしかった。
 目の高さぐらいの位置に、小ぶりだが人一人は余裕で通れるぐらいの窓がある。
 酒井美佳がその窓に手を伸ばし、開けた。
 酒井美佳の情報が間違いで、もしここのセンサーも生きていたら、校内に警報ベルが鳴り響き、私たちの探検(実質的には犯罪だ)は終了するはずであった。
 だが実際には窓は何ごともなくするりと開いた。
 さっきの塀越えに比べるとはるかにスムーズに、私たちは空き部室に入った。
 当然、部屋の中は真っ暗だ。私たちはそれぞれ持参した懐中電灯を点けた。

「さて。──どうするの?」

「二手に分かれようか」

 私が訊くと、酒井美佳が答えた。

「あたしはみずっちと組むから、真理子は黒神さんを案内してあげてよ。ちょうど学校案内になって、いいじゃん」

 妙な理屈ではあるが、異を唱える理由もない。私にしても、黒神由貴を誘ったのが私という手前、異存はなかった。

「それじゃ、ここを出て、それぞれ反対方向に進むということで。2階3階へは適当な階段から行けばいいんじゃない? 別に証拠写真を撮る必要もないしさ。30分ちょいぐらいでここに戻るというので、どう? OK?」

「OK」

「じゃ、もしものことがあったら、お互いの携帯に連絡ね」

 かくして、校内探検が始まった。 


4.榊真理子・黒神由貴ペア1

 空き部室の戸をそろそろと開けて、廊下の様子をうかがう。誰もいないはずとわかってはいても、やはり緊張する。
 廊下はところどころに設置された非常口案内灯の光で、ぼんやりと照らされている。歩くのに十分な明るさではないので、部室内で点けていた懐中電灯はそのままだ。
 星龍学園高等部の校舎は口の字のような形になっていて、「辺」にあたる部分の中央4ヶ所それぞれに2階3階へ行く階段があり、中央のスペースは中庭になっている。
 酒井美佳と水内梓の二人は右へ。私と黒神由貴は左へ歩いて行くことにした。

「じゃ、30分後ね」

「気をつけて」

 空き部室は「口の字」の角に当たる部分近くにあるため、左右に分かれると、すぐにお互いの姿は見えなくなった。
 少し先に階段の場所を示す非常灯、そしてはるか先に、廊下の曲がり角部分に設置された非常口案内灯が見える。
 校舎って、こんなに広いものなのか。
 そりゃあ、いろんな怪談話の舞台になるはずだなあ。
 黒神由貴は、私の半歩ほど後ろを歩いている。

「ねえ黒神さん」

「はい」

 私はさっきの黒神由貴の様子をふと思い出し、訊いてみることにした。本音を言えば、緊張のあまり、沈黙を保っていられなかったのだった。

「さっき、美佳がこの学校の昔のことを話したときに、一瞬首をかしげてたよね。黒神さんは、ああいう因縁話って信じないタイプ?」

「信じる信じないというか……この学校って、東京大空襲のときも、奇跡的にほとんど被害がなかったはずなの。この地域一帯も大した被害はなくて、だから、学園内に避難したものの外に出られなくて、そのまま焼け死んだっていう事実もないはずなの。──学校関係の怪談話ではよく聞く話なんだけどね。この学校に限って言えば、そのうわさは眉唾っぽいんじゃないかなあって」

「まじィ? じゃ私ら、美佳の作り話にまんまと乗せられたってこと? あいつー」

「あ、じゃなくて、酒井さんは本当にあったことだと信じてるみたいだけど……それよりも酒井さんのことがちょっと気がかりで」

「なんで?」

「酒井さん、さっき、『見える』って言ってたでしょ? 『追い払う方法も知ってる』とも。……そういう素人の生兵法は危険なんだけどな」

「ふうん」

 今一つ意味がわからず、私は生返事をした。
 黒神由貴の言葉をよく考えれば、それが「明らかに能力的に上位でなければ言えない言葉」であることに気づいたはずなのに。



 階段を上り、2階へと進んだ。
 2階から上は、一般の教室があるエリアだ。
 廊下から懐中電灯で教室内を照らして中の様子を見ながら歩いてゆく。
 廊下の角を曲がり、さらに進む。先の方に、1階にあったのと同じような非常灯が点いている。階段の位置を示す灯りだ。
 何かの実話怪談で読んだ、そうして歩いていた警備の人が、教室内で首つり自殺した生徒の幽霊に遭遇した話が、よりにもよってこんなときに頭に浮かんだりする。
 さっきの会話以来、半歩ほど後ろを歩く黒神由貴とも言葉を交わしていない。
 何か話したいのだが、話すネタがないのだ。
 知り合ったばかりで、趣味や嗜好がわからない相手とは、こういうことがあるので困る。
 耳に入るのは、自分の足音と息をする音だけだ。

 ──ちょい待ち、黒神由貴、ちゃんと後ろにいるんだろうなっ!

 突然、そんなものすごく怖い考えが頭に浮かび、私は身体ごと振り向いた。
 後ろを照らした灯りの中に、黒神由貴のびっくりした顔が浮かんでいた。
 深々と、安堵の息を吐く。

「どうしたの?」

 不思議そうな顔で、黒神由貴が訊いた。

「いやその……知らないうちに黒神さんがいなくなっているんじゃないかって。そんな風に思ったら急に怖くなっちゃって」

「そんなわけないじゃない」

 私の言葉を聞いて黒神由貴は笑ったが、ふいに、その笑いが消えて、硬い表情になった。

「榊さん。あそこに、何かいる」

 廊下の先、私たちの進行方向を見つめて、黒神由貴が言った。

「えっ!」

 さっきとは打って変わって、私は恐る恐る振り返った。
 十メートルほど先、階段の非常灯あたりに、何か白くてもやもやしたものが浮かんでいた。
 煙。
 湯気。
 どちらにしても、校舎内のこんな場所にあるのは不自然なものだ。
 第一、煙や湯気だったとしても、風もないのに動いたりはしないだろう。
 その、何かもやもやしたものは、私たちの方へ近づいてきていた。
 近づくにつれ、それは人間ぐらいの大きさだとわかってきた。
 私はその場から動けなかった。
 足がすくんで動けないのだった。
 もやもやしたものが、すぐ目の前まで迫ってきた。


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