黒神由貴シリーズ

ガール・ミーツ・ガール(後編)




5.酒井美佳・水内梓ペア1

「やっぱ真夜中の学校って、怖いなあ」

 かすかに腰が引けた姿勢で2階への階段を上りつつ、水内梓が言った。
 酒井美佳と水内梓の二人は、榊真理子・黒神由貴ペアとは違い、一つめの階段は通り過ぎ、二つめの階段から2階へ上っていた。

「本当に何か出たら、あたし速攻で逃げるかんね」

「大丈夫よー。まっかせなさい。さっきも言ったでしょ。ちゃんと対策してるわよ。──ほれほれ」

 おどけた口調で言って、酒井美佳は制服のポケットから何かを取り出し、自分の懐中電灯でそれを照らした。

「なにそれ」

「おふだ。神社バージョンとお寺バージョン。それと数珠」

「効くのぉ?」

「あとは、いざとなったら不動明王の真言と、九字を唱えるから」

「なにそれ」

「えと」

 ほんの一瞬、酒井美佳は口ごもった。

「なんつーか、魔除けの言葉よ。これを唱えると、悪霊が逃げてくの」

「ふーん」

 若干の不審感を抱きつつも、水内梓は特に異を唱えなかった。

「じゃ、なんか出たら、それでよろしく頼……」

 言いかけて踊り場を曲がり、階段の先を見上げた水内梓が固まった。

「美佳。あれなに」

「え」

 階段を上りきったところに、白い、煙とも湯気ともつかない奇妙なものが二つ浮かんでいた。人間よりも少し小さな──ちょうど子供ぐらいのサイズであった。
 酒井美佳、水内梓、二人が見つめているうちに、白い奇妙なものは、子供のような姿になった。
 小学一年生ぐらいの、男の子と女の子であった。
 白い半袖シャツに、半ズボンとスカート姿である。
 二人の子供は、つぶらな瞳で酒井美佳たちを見つめ返していた。
 真夜中の高校に小学生の子供がいることの異常性に、酒井美佳たちが気づかないはずはない。

「美佳……」

 水内梓が震える声で言った。

「あれってもしかして、……戦争で死んだ子じゃないの」

「……そうみたい」

「確か、焼け死んだんだよね。逃げられなくて……」

 侵入したときに酒井美佳から聞いた話を思い出して、水内梓がそう言ったと同時に、子供の姿が変貌した。
 服は焼け焦げてボロボロになり、身体にまとわりついているだけだ。皮膚は焼きすぎたパイのようになっている。むろん、顔は目も鼻もわからない状態であった。
 燃えカス。そう言うしかない状態の二人の子供──亡者は、ゆるゆると両手を持ち上げた。
 何かを求めるように。
 あるいは、中国系ゾンビ映画に登場する古風なモンスターのように。
 亡者が、立ちすくんでいる酒井美佳と水内梓に向かい、一歩踏み出した。
 それがきっかけだった。
 どこからそんな声が出るのかというような声を上げ、酒井美佳と水内梓はきびすを返して、階段を駆け下りた。
 階段を下りきっても二人の走る勢いは止まらず、そのまま廊下の壁に身体をぶつけ、ようやく止まる。

「電話電話電話」

「真理子たちに知らせなきゃ。ここまじヤバい」

 二人同時に携帯を取りだし、あわただしく操作して耳に当てる。──が、すぐに耳から離して、ディスプレイを見つめた。

「え?」

「ちょ、なんで圏外なのよ!」

 何度操作しても、圏外表示は消えず、アンテナは1本も立たなかった。

 ──と、足音が、二人の耳に入った。
 たった今駆け下りてきた階段の、上の方から。


6.酒井美佳・水内梓ペア2

 足音はゆっくりと近づいてきている。さっきの亡者であることは間違いない。すぐに二人の目の前までやってくるだろう。

「窓。──窓!」

 酒井美佳が、廊下の窓に取りすがった。もどかしげな手つきで、窓のクレセント錠を外す。

「美佳! 窓から出てどうすんのよ!」

 水内梓が酒井美佳に言った。

「決まってんじゃん! 逃げるのよ!」

「だってだって、警報機が」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! こっから中庭に出て逃げるの!」

 叫びながら窓を全開にした酒井美佳は、窓の縁に手をかけて飛び上がり、足を大きく持ち上げて窓の縁にかけた。意外に身軽な身のこなしであった。
 酒井美佳が窓の縁に乗るのを見て、水内梓も同様に窓の縁に上がった。
 すぐ下に、雑草が生えた中庭の地面が見える。飛び降りて怪我をするような高さではない。
 酒井美佳と水内梓は目配せした。

「いっせーの」「せっ!」

 足を踏みきり、飛び降りた。
 着地して体勢を崩し、両手を地面につく。
 手をついた地面は、つるりとした感触をしていた。
 淡い色の、波のような模様。
 縦横に走る、黒い溝。
 Pタイルであった。廊下に敷かれた、つるつるとした樹脂製の、タイル。

「ちょっとお! なんで廊下なのよお! 外に出たはずなのにい!」

 手をついて着地した姿勢のまま、うわずった声で水内梓が叫んだ。
 酒井美佳も、同じ姿勢で廊下を見つめ、呆然としている。

「お姉さん……」

 声が聞こえて、二人は顔を上げた。
 四つんばいになった二人のすぐ前、手を伸ばせば届くほどの近さに、黒焦げになった小学生の亡者が立っていた。

「お姉さん……熱いよ……助けて……熱い……」

「身体中が痛い……熱い……助けて」

 亡者は口々に苦痛を訴えた。
 二人ははじかれたように立ち上がり、窓側の壁に背中を押しつけた。
 正面には黒焦げの亡者が立っている。再び階段を昇って逃げるのは無理だ。
 ならば、廊下を左右どちらかに。
 きょろきょろと目だけを動かして左右を見る。

「ひあ」

 水内梓が引きつったような短い悲鳴を上げた。
 二人の左側、二人がやって来た方向から、大勢の人々が歩いてきていた。
 暗くてよくわからないが、年格好や男女も様々で、目の前に迫ってきている小学生の亡者と同様、焼け焦げてボロボロの状態であった。

 ──東京大空襲のときに校舎から逃げられなくて焼け死んだ人の幽霊!

 酒井美佳も、水内梓も、同時にそう思った。
 酒井美佳が両手の指を組み合わせ、叫んだ。

「不動明王の真言よ! 悪霊退散! の、のーまくさーまんだー ばさら だん せんだー まーかろしゃーだー そわたや んーたらたー かんまん!」

 何も変化はなかった。
 亡者の群れは酒井美佳の唱えた真言に、たじろぎもしなかった。
 気のせいか、笑っているようにすら思える。

「じゃ、じゃあ九字!」

 再び酒井美佳は叫んで、指を縦横に振りながら、九字を唱えた。

「リン・ビョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン!」

 退魔行の、必殺の呪文であるはずだった。
 効果がないはずはなかった。
 だが、亡者たちはさっきと同様、いや今度ははっきりと声を上げて、嘲笑った。

「効かないよー」

 亡者たちはそう言った。

「そんなことしても、効ーかーなーいーよお」

 酒井美佳と水内梓、二人が立つ足下に、急速に水たまりが広がってゆく。恐怖のあまり失禁したのだが、それに気づく余裕は二人にはなかった。

「いやああああっ!」

 叫び声を上げて、酒井美佳が二人の右側──すなわち二人が歩いてきた逆の方向、元々の進行方向へと駆けだした。一瞬遅れて、水内梓も続く。
 暗い廊下に、二人の絶叫が響き渡った。


7.榊真理子・黒神由貴ペア2

 もやもやした白い煙のようなものは、やがて、私と黒神由貴の目前で人間のような形になってゆき、そして、はっきりと人間の姿になった。
 それは、若い女性であった。
 若いのだが──服装が、なんと言うか、今どきではなかった。
 白いブラウス、茶色の無地のスカート。
 そう、いつかビデオで見た「二十四の瞳」に登場する主人公先生の服装に似た雰囲気であった。

 そうか。

 私はふいに気づいた。
 私の目の前に立っている「この人」が「そういう服装」なのは、「そういう時代」に生きていた人だからなのだと。
 学園のうわさは本当だったのか。
 私の背中に冷たいものが走りつつあった。
 黒神由貴が一歩踏み出し、私の前に立った。私を護る体勢を取っているらしい。実際は頭半分ぐらい私の背が高いので、完全に隠せているわけではないのだが、心強かった。

「こんばんは」

 戦中の服装をした女性は、そう言って微笑んだ。

「……」

 まさかまともに挨拶されるとは夢にも思わず、私は絶句した。えっと、こういうときって、こちらも挨拶を返すべきなのかな?

「こんばんは」

 私が返礼をためらっている間に、黒神由貴が返事した。
 黒神由貴の返事を受けて、女性はさらに、にっこりと笑った。

「あなたたちは新入生? で、今夜は肝試しってところかしら? 毎年、何人かはそういうことをする子がいるのよねえ」

 女性は「困ったもんだ」と言いたげな顔でそう言って、さらにこう言った。

「でも、それはともかく、あなたみたいな人が来るのを待っていたわ」

 あなたみたいな人?
 どういう意味だろう?
 女性は私たちを見てそう言ったが、私からは微妙に視線がずれていた。女性は、黒神由貴を見つめて言ったのだった。
 女性と黒神由貴は、何か知り合いなのだろうか。

「あ……あの」

 恐る恐る私が口を開くと、女性が私に目を向け、「何?」という表情をした。

「あの、あなたはその、戦争で亡くなった人なのですか」

 日常では正気の沙汰ではないことを言ったのだが、この場ではなんの抵抗もなくその疑問を口にすることができた。
 女性は面白そうに笑って、私の疑問に答えた。

「イエスとも言えるし、ノーでもあるわね。そもそも私は一人の人間ではないし、さらに言うなら、戦時中だけに生きていた存在でもないから」

 私の顔一杯に「?」マークが出たのだろう。女性はさらに笑みを大きくして、続けた。

「この学園は設立されて長いから、生徒も教師も、死んだ人間は大勢いるわ。でも、別にこの学校や学校関係者に恨みを残して死んだわけじゃないから、俗に言うように『化けて出る』ようなことはないの。──言うならば私は、星龍学園にかかわってきた人たちの『想い』が人の形を取った存在、というところかしら」

 ということは、この人がこういう姿をしているのは、仮の姿ということなのか。
 女性の話を聞いた私の頭に浮かんだ私の疑問がわかったのか、女性は──女性自身の言い方で言うなら、「存在」は、うなずいて言った。

「そう。あなたたちの意識にあるうわさから、こういう姿を取ればもっとも不自然ではないだろうと思ってね。老若男女、どんな姿でもよかったんだけど」

「あの」

 黒神由貴が口を開いた。
 「存在」が、「ん?」という顔をして黒神由貴に視線を向ける。

「私たちと別行動を取っている酒井さんと水内さんのことが気がかりなんですけど。おそらく、あなたは彼女たちのこともすでにご存じだと思うんですが」

 そうだった。酒井美佳や水内梓はどうしているんだろう。校内探索を続けているのだろうか。

「あの子たち?」

 「存在」が笑った。

「あの子たちの方は、ちょっと怖い思いをしてもらっているわ。戦時中に死んだ生徒の幽霊が出ると思っているみたいなので、あの子たちが想像しているままの姿を見せているの」

 私は、探検を始める前に酒井美佳が語っていた星龍学園の七不思議を頭に思い浮かべた。

 ──校内に閉じ込められて蒸し焼きになって死んだ人

 ──同じような死に方をした、小学生

 本当にそんなのが出てきたのだったら、怖いどころの騒ぎではないだろう。気の一つや二つは失うんじゃないのか。
 私の考えがまたわかったのか、「存在」はうなずいた。

「今、必死に逃げて来ているわ。もうそろそろ近くまで来ているんじゃないかしら」

 言われて、悲鳴らしき声が遠くの方から聞こえていることに、私は気づいた。徐々にその声が近づいているのがわかる。

「さ。あの二人が来たら、もうお帰りなさいな。私はこれで失礼するわ」

 そう言って「存在」は、自分と私たちの間にある階段を示した。ここから下りて行けということなのだ。

 「はあ……」と、とりあえず素直に階段を下りかけた私たちに、「存在」は声をかけた。

「階段を下りたら、入ってきた部室の方じゃなくて、正門に近い方にお行きなさい。来たときみたいに、塀を乗り越えたりしなくても大丈夫。普通に正門から出て行けるから」

 だって警備の人もいるのに……そう思って私は首をかしげたが、そんな私の思いをよそに、「存在」は黒神由貴に目を向けて、言った。

「この学校にも、いろいろとあると思うけれど、あなたのような人がいてくれると、私も心強いわ。よろしくね」

 「存在」は、さっきと同じようなことを、黒神由貴に対して言った。どういう意味なのか私が理解しかねていると、

「──あ、そうそう。一つ予言をしてあげましょうか」

 突然何かを思い出したかのように、「存在」は、今度は私と黒神由貴の双方を見ながら、いたずらっぽく言った。

「あなたたち二人、いいコンビになるわよ」

 私と黒神由貴は思わず顔を見合わせた。
 黒神由貴は戸惑った顔で、かすかにほっぺたを赤くしている。私はと言うと、いきなりそんなことを言われて、ただ戸惑うだけだった。
 「存在」がさっき黒神由貴に言ったことと同様、どういう意味なのか理解しかねていると、「存在」の姿が薄れはじめた。私たちの前に現れたときとは逆に、次第にもやのようになってゆく。
 そのもやもだんだん小さくなってゆき、やがて風に吹かれたように、ふっと消えた。
 その場にぼんやりと立っていても仕方ないので、私たちは階段を下りて「存在」が指示した方へ進んだ。廊下の角まではあと数メートルだ。酒井美佳たちの悲鳴が、だんだん大きくなってくる。
 角まで歩いて、おそるおそる角の先を見る。
 悲鳴をあげながら、酒井美佳と水内梓が走ってくるのが見えた。

 ──良かった。無事だった。

 酒井美佳たちが近づくにつれ、悲鳴と足音の他に、何か妙な音がすることに私は気づいた。なんというか、ガボガボというかガッポンガッポンというか、要するに水浸しになった靴で走っている音なのだ。

「まぁーりぃーこお!」
「出たぁ! 幽霊出たぁ!」

 転げるように、という表現がこれほど的確な走り方はないだろうって感じで、酒井美佳と水内梓は私たちが立っている場所にやって来た。

「でででででででで」
「逃げ逃げ逃げ逃げ早く早く早く」

 酒井美佳と水内梓は、ぶつからんばかりの勢いで、私と黒神由貴にすがりついた。
 私は一つの可能性に思い当たり、さりげなく酒井美佳と水内梓の下半身に目をやった。

 ──あー、やっぱり。

 二人のスカートには大きな染みができていた。足にも大量の水が伝い落ちたような痕があり、靴がびしょびしょになっていた。
 酒井美佳も水内梓も、自分たちが「お漏らし」をしたことにも気づかないほど、おびえきっていた。

「もう大丈夫だから。早くここを出ましょ」

 しがみついている酒井美佳を支えながら、黒神由貴が言った。
 黒神由貴は酒井美佳、私は水内梓と手をつなぎ、廊下隅の出口から外へ出た。正門は目と鼻の先だ。
 気づいているのかいないのか、酒井美佳も水内梓も、正門から真っ正直に出て行くことに疑問の言葉を発しなかった。──そういう心の余裕がないのだろう。
 正門手前には、警備の人が常駐する警備室がある。誰もいないならともかく、警備の人がいて私たちを見れば、そのまま出ていかせるはずはない。「存在」はどういう考えで、大丈夫と言ったのだろうか。
 だが、黒神由貴はとくに警戒する様子もなく、普通に歩いて行く。私はそれについていくしかなかった。
 警備室まであと数歩にまで近づいたとき、黒神由貴が立ち止まった。警備室の中を見ていたが、すぐに私の方を振り返って、

「行きましょ」

 と言って、再び歩き始めた。
 ちょうど誰もいなかったのだろうか。「存在」は、今ちょうど誰もいないことを知っていて、大丈夫と言ったのだろうか。おっかなびっくり警備室の前を通り過ぎようとした私は、警備室の中に目をやった。
 息が止まりかけた。

(ちょ。警備の人、いるじゃん!)

 警備室の中、ちょうど見回りに出るところなのか、警備の人は大振りな懐中電灯を手に持ち、鍵の束を取ろうとしている。ほんの少しでも首をこちらに向ければ、すべてはパーだ。
 頼みます。こっちを向かないでっ!
 私は心の中でそう願った。
 ふと私は、奇妙なことに気づいた。
 警備の人は、鍵の束を取ろうとして……
 取ろうとしている状態のままだ。
 そのまま、身動きしない。というか、固まっている。
 どういうこと?

 あまりの奇妙さに私が立ち止まっていると、黒神由貴が「榊さん、早くっ」と声をかけた。我に返った私は、そそくさと警備室の前を通り過ぎ、正門から外へ出た。

 正門から十分離れて、私たちは、そこでようやくほっと息をついた。
 酒井美佳と水内梓は、まだ完全には落ち着いていないようだ。

「大変だったねー。黒神さんも、入学早々変なことに巻き込まれちゃったねー」

 私が黒神由貴に言うと、黒神由貴は軽く笑って、首を横に振った。

「ううん、別に。榊さんこそ」

「あ、『真理子』でいいよ。同じクラスになったんだし」

 私がそう言うと、黒神由貴はちょっと驚いた風に目を少し見開いて、「あ……じゃあ、私の方も呼び捨てにしてくれていいから」と、はにかんで言った。

「にしても、遅くなっちゃったなー。どうしよう。思いっきり怒られる……」

 私はそうぼやきながら、腕時計を見た。

「えっ」

 私は自分の目と、次に腕時計を疑った。
 腕時計は、午前0時5分を指していた。
 んな、バカな。
 私たちがここに来たのは、午前0時だったはずだ。それから校舎に侵入して、二手に分かれて探検して、あの騒ぎがあって、それで5分しか過ぎていないなんて、ありえない。

「榊さ……真理子、乗って」

 私が呆然としている間に、黒神由貴がタクシーを呼び止めて、酒井美佳を乗せようとしていた。酒井美佳を乗せ、続いて水内梓を乗せて、最後に私が乗り込んだ。黒神由貴は前の座席に座る。
 タクシーが走り出した。
 ──これが、私が星龍学園高等部に上がって体験した初めての奇妙な出来事で、そして黒神由貴と親しくなったきっかけの出来事であった。


8.現在

 その後、酒井美佳はあのときの体験を実話怪談にまとめ、ネット上で開催された実話怪談コンテスト「恐-1」に応募して上位入賞、その話が本にも掲載された。
 転んでもただ起きない奴だ。美佳……恐ろしい子!
 私と黒神由貴は、あの夜、酒井美佳と水内梓が恐怖のあまり「お漏らし」したことは、誰にも話していない。武士の情けだ。
 そのせいかどうか、酒井美佳はあのときの体験談が載った本を、私と黒神由貴にくれた。口止め料の代わりなのかも知れない。
 ちなみに、酒井美佳の体験談には私と黒神由貴は登場せず、「お漏らし」したことも描かれていない。厳密に言えば微妙に改変されていることになるが、まあその程度はいいのではないだろうかと、私は思っている。

 あのときの後日談と言えばもう一つ、どこから漏れたのか、私たちの探検の話を聞いて、同じように真夜中に侵入しようとした生徒がいたらしい。私たちと同じ侵入経路で。
 ところが、塀を乗り越えるなり、警備の人が飛んできたという。
 塀周辺に、侵入者の接近を関知する人感センサーが設置されていたのだそうだ。さらに、塀を越えた私たちが窓から侵入した小屋のセンサーも、ちゃんと生きていたという。
(だって、あのときは何もなかったよなあ……)
 私たちが侵入したあと、すぐに設置したり修理したというわけじゃないだろうし。
 わけわかんない。



 あの「存在」が予言したとおり、私と黒神由貴は妙に馬が合うようになって、帰りはたいてい一緒に帰るようになり、さらに──いろいろと奇妙な体験もした。

 (──ん?)

 黒神由貴と知り合ってからのことを思い返していた私は、ほとんど忘れかけていたことを思い出した。

「くろかみってさあ、歳の近い従姉妹とか親戚とかっている?」

「……いないけど、どうして?」

 私が突然そう訊いたので、黒神由貴は目を丸くして言った。

「2年になってすぐの頃だったと思うんだけど……法王女子学園の近くで、くろかみとそっくりの子を見たのよ。もう完全にくろかみだと思ってさ、声をかけようと思ったんだけど、法女の制服着てたから、やっぱり人違いだったのかなって」

参考:「魔女の人形」

 無表情で私の話を聞いていた黒神由貴は、私が話し終わると、首を横に振った。

「……知らない」

「そっか。第一あのとき、くろかみは一週間ぐらい休んでたもんねー。やっぱ他人のそら似だったのかな」

「じゃない?」

 短くそう言うと、黒神由貴はシェイクの最後の一口を飲みきった。


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