黒神由貴シリーズ

魔女の人形 (前編)


一人目の死者:私立法王女子学園 2年B組 河田明美 16歳
       車道に飛び出し、乗用車3台にはねられ、死亡。

二人目の死者:私立法王女子学園 2年B組担任 鰐淵敬三 40歳
       首都高速走行中、側壁に激突。即死。

三人目の死者:私立法王女子学園 2年B組 沢野千秋 17歳
       自宅(マンション)15階の自室窓から転落。即死。


 しばらく前から、私は同じクラスの宮本京子をそれとなく観察していた。

 宮本京子は、いじめられっ子というわけではなかった。
 いじめられると言うより、影が薄く、無視に近いと言うべきであった。
 それとて、いわゆる「シカト」ではなく、誰も話しかける気になれない、といった風であった。

「だってあいつ暗いし」
「なんか何考えてるかわかんなくて」
「なんか執念深そうで、話こじれたら、面倒そう」

 クラスメートたちに「なぜ」と訊いたら、おそらくそういう返事が返ってくるだろう。
 親しくなれるタイプの女生徒でないのは間違いないようであったし、彼女たちの印象はおおむね的を射ていた。

 私──黒神由貴(くろかみゆき)が宮本京子に注目したきっかけは、彼女が通学カバンにぶら下げている、小さな人形だった。
 ゲーセンのUFOキャッチャーにあるような、フエルト生地でできたキャラクター人形。
 当初はそういったなんの変哲もない人形と思っていたが、どうも、それが彼女の「オリジナル」であるらしいと気がついた。
 まあ、考えてみれば、法王女子学園の制服を着たキャラクター人形なんて、聞いたこともない。

 そう、宮本京子がカバンに付けている人形は、法王女子学園の制服を着ていた。
 何か理由があるのか。
 私が彼女を観察するようになったのは、それからだった。
 ちょっとした女ストーカーだ。

 昼休み、宮本京子が席を立ち、校庭へ出ていった。
 ダイオキシン問題がらみで最近は使われていないが、校庭の隅に小さな焼却炉がある。
 焼却炉はブロック塀で囲まれていて、見えにくい。
 それをいいことに、そこでタバコを吸う不届きものもいるようだ。
 彼女はそこに入っていった。───私は、塀の陰から彼女の様子をうかがった。

 彼女は、ポケットから人形を取り出した。やはりうちの制服を着ている。
 続いて、ライターも取り出した。
 左手で人形をぶら下げ、右手のライターの火を、近づけてゆく。

         ポッ

 ……と火が点くと、人形はすぐに炎に包まれた。
 校庭で悲鳴が上がるのと、宮本京子が振り向いて私を見るのとが、同時だった。

「……向こうで何かあったみたいね」

 彼女はにやりと笑って言い、私は悲鳴のほうへ走った。

校庭の中央で「たき火」が、動き回っていた。

「急に火が点いて」「ボウって」「何もしてないのに」

 「たき火」のまわりで、女生徒たちが口々に叫んでいた。
 叫び声から判断して、「動くたき火」はどうやら2年B組の浜尾圭子らしかった。
 浜尾圭子の「たき火」が動かなくなって、私は焼却炉へ戻った。
 宮本京子はまだそこにいて、人形の燃えかすを、ていねいにくずしていた。

「ねえ黒神さん、今日、何か用事ある?」

 なんの騒ぎだったのかとも聞かず、彼女はそう言った。

「別に……何もないけど」

「良かった。じゃ、いっしょに帰ろっか」

「でも、あの、大騒ぎになってるし……午後の授業だって」

「どうせ、全校生徒、一斉下校になるわよ。じゃ、校門で待ってるわ」

 軽く聞こえるが、有無を言わせるものではなかった。
 宮本京子は手を振ると、教室へ戻って行った。

 知られてしまったな……私は思った。
 彼女を観察していたことだけではない。
 私が彼女について考えていたこと……すなわち、

 2年B組の浜尾圭子や、それ以前の三人は、なにかの魔術で殺されたのではないか。

 つまり、宮本京子は「魔女」ではないかと考えていることを。



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