「まな……み」
あまりの驚きと恐怖に、まともに声も出ない。
ドアの前に立つ真奈美は、愛徳高校の制服姿だった。
飛び降りたときの姿だ。
トモくん……
少年を見下ろして、樋口真奈美は言った。
黙って死んじゃってごめんね……
でも、トモくんのことは何も言わなかったよ、あたし……
赤ちゃんのことも、何も言わなかったよ……
でもね
でもね
やっぱりあたし、さみしいの……
一人はさみしいの……
言いながら、微笑みながら、樋口真奈美が──樋口真奈美の幽霊が──近寄ってくる。
突然、床からボタボタボタと重い音が立った。
顔は樋口真奈美に向けたまま、視線だけを床に向ける。
樋口真奈美のスカートの中から、大量の液体がしたたり落ちていた。
どす黒い色をした血であった。
床に広がってゆく血だまりを気にもとめず、樋口真奈美は少年に手をさしのべた。
おねがい。一緒に来て……
あたしと一緒に来て……
もともとベッドの上に座り込んでいた少年だ。
後ずさって逃げようにも、後ろは部屋の壁で、逃げようがなかった。
「くるなあっ!」
樋口真奈美が少年のすぐそばまで近づき、そして少年の髪の毛をつかんだ。
信じられない力だった。
樋口真奈美は少年の髪の毛をつかんだまま、壁に向かって歩いた。
少年も一緒に、壁に向かって引きずられて行った。
壁にぶつかりもせず、そのままずるずると。
少年は、いつしか立ち上がっていた。
髪の毛をつかまれたままなので、上半身を折り曲げた状態だ。
顔も下に向けた状態なので、床しか見えない。
床? 床ではない。これは、コンクリートの地面だ。
薄暗い部屋の中にいたはずなのに、あたりは明るくなっている。
しかも、広い。
樋口真奈美が立ち止まり、彼女の足元で地面が切れているのに気づいた。
一緒に行こうよ……
そう言って、再び樋口真奈美が歩を進めた。
ブチブチと音を立て、頭頂部に激痛が走った。
コンクリートの地面が切れた先、そのはるか下に、自動車や歩行者が小さく見えた。
身体がふっと軽くなったとき、少年はようやくここが、樋口真奈美が飛び降りた場所であることに気づいた。
トモくん。あたしたち、ずっと一緒だね……
樋口真奈美は幸せそうな笑いを浮かべていた。