黒神由貴シリーズ

彼女の死に関する2、3のことがら 2


「まな……み」

 あまりの驚きと恐怖に、まともに声も出ない。
 ドアの前に立つ真奈美は、愛徳高校の制服姿だった。
 飛び降りたときの姿だ。

トモくん……

 少年を見下ろして、樋口真奈美は言った。

黙って死んじゃってごめんね……
でも、トモくんのことは何も言わなかったよ、あたし……
赤ちゃんのことも、何も言わなかったよ……


でもね


でもね


やっぱりあたし、さみしいの……

一人はさみしいの……


 言いながら、微笑みながら、樋口真奈美が──樋口真奈美の幽霊が──近寄ってくる。

 突然、床からボタボタボタと重い音が立った。
 顔は樋口真奈美に向けたまま、視線だけを床に向ける。

 樋口真奈美のスカートの中から、大量の液体がしたたり落ちていた。
 どす黒い色をした血であった。

 床に広がってゆく血だまりを気にもとめず、樋口真奈美は少年に手をさしのべた。

おねがい。一緒に来て……

あたしと一緒に来て……


 もともとベッドの上に座り込んでいた少年だ。
 後ずさって逃げようにも、後ろは部屋の壁で、逃げようがなかった。

「くるなあっ!」

 樋口真奈美が少年のすぐそばまで近づき、そして少年の髪の毛をつかんだ。

 信じられない力だった。
 樋口真奈美は少年の髪の毛をつかんだまま、壁に向かって歩いた。
 少年も一緒に、壁に向かって引きずられて行った。
 壁にぶつかりもせず、そのままずるずると。

 少年は、いつしか立ち上がっていた。
 髪の毛をつかまれたままなので、上半身を折り曲げた状態だ。
 顔も下に向けた状態なので、床しか見えない。

 床? 床ではない。これは、コンクリートの地面だ。

 薄暗い部屋の中にいたはずなのに、あたりは明るくなっている。
 しかも、広い。

 樋口真奈美が立ち止まり、彼女の足元で地面が切れているのに気づいた。


一緒に行こうよ……


 そう言って、再び樋口真奈美が歩を進めた。
 ブチブチと音を立て、頭頂部に激痛が走った。

 コンクリートの地面が切れた先、そのはるか下に、自動車や歩行者が小さく見えた。
 身体がふっと軽くなったとき、少年はようやくここが、樋口真奈美が飛び降りた場所であることに気づいた。

トモくん。あたしたち、ずっと一緒だね……

 樋口真奈美は幸せそうな笑いを浮かべていた。


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