そんなに悲しんじゃダメ。
そんなんじゃ、彼氏も悲しむし。ね?
だからほら、これあげる。
これ?
これは、会えなくなってしまった人に会いたいって願いをかなえてくれるアクセ。
これにお願いすると、会いたい人に会えるの。
でもね、「会いたい人」に条件があってね、死んだ人じゃないと、ダメなの。
だから、あなたの場合は条件にぴったりなわけ。
会いたいんでしょ?
もう一度、声を聞きたいんでしょ?
やり方を教えてあげる。
誰にも言っちゃダメだからね。
そしたら、願いはかなわなくなっちゃうからね。
1.ロックスターが死んで1年
星龍学園の帰り道。
繁華街にあるファーストフードの店で、私はシェイクを飲みながら、ポテトをつまんでいた。テーブルをはさんで私の前に座っているのは、例によって黒神由貴である。
テーブルは窓のそばにあり、窓の外には、巨大な屋外ディスプレイが真正面に近い位置にあった。実はこの店は、座ってディスプレイを見られるマル秘スポットなのだった。
ディスプレイは、たいてい適当なテレビ放送を流している。
今流れているのは、ニュースだ。うるさくない程度に音声も流されていて、店の中でも、アナウンサーの話す声が聞こえた。
何やら大勢が集まっている映像が映ったので、私は画面に注目した。
大勢の人たちから少し離れたところに立って、レポーターが話し始めた。
どうやら生放送らしい。
「若い人たちの間でカリスマとされていたロック歌手の大崎豊さんが亡くなって、今日で丸1年が過ぎました。
大崎さんは都内足立区の民家脇の路地で倒れているのを発見され、病院に運ばれましたが、そのまま意識を回復することなく、亡くなりました。
一周忌の今日、大崎さんが倒れていた民家脇の路地には、ファンの人たちが花や供物を持ち寄り、大崎さんの早すぎる死を悼みました」
続いて画面はもう1度大勢が集まっている画面になった。
路地の入り口に大量の花束が供えられていて、その上にさらに、泣きじゃくりながら、すすり泣きながら、何人もの女の子たちが花束を供えてゆく。
「おおさきぃっ!」
地面に向かって、振り絞るような声で、二十歳前後に見える男性が叫ぶ。
私自身は、大崎豊の熱烈なファンではなかった。
青臭い歌詞が少々鼻についたのがその理由だが、それでも、花を手向ける若い人たちの気持ちはよくわかった。
ファーストフードの店内でも、画面に見入る女子高校生たちの何人かが、ヒックヒックとしゃくり上げていた。
私が画面を注視しているのに気づいて、黒神由貴がもの問いたげな顔で私を見た。
「あ。……えーとほら、ちょっと不良っぽい層にウケてたロック歌手。1年前に死んじゃって。今日が一周忌なんだって。だもんで、死んだ場所……じゃないけど、倒れてた場所に、みんな花を供えてる」
「ああ!」
一瞬考えて、黒神由貴はポンと手を鳴らした。
「思い出した。確か覚醒剤か何かの中毒で、あの路地で野垂れ死に同然の状態になって」
「ちょっ、ばっ」
私の顔から血の気が引くのがわかった。
くろかみのばかっ。
あんたの認識は正しい。状況はその通りだし、実際そうなんだろう。
でもな、言う場所を考えろっ。
この店内、私たちの周りには、大崎豊の熱烈なファンがうじゃうじゃいるのがわからんのかっ。あんたが今言ったセリフは、ニューヨークのハーレムのど真ん中で「ニガー!」と叫ぶのと同等、いや、この場においてはそれよりもヤバ
「なにいっ!」
ほら見ろ。
私たちの横で鼻をすすっていたセーラー服の三人組が、顔色を変えて振り返った。制服から、近くの三枝実業高校と見た。こう言ってはなんだが、あまりお上品な高校ではない。
「もっぺん言ってみろお! あたしらの豊が、野垂れ死にだとおっ? ああ?」
「てめえ死にてぇのか?」
「気をつけてものを言えっ。ただじゃおかねえぞっ」
セーラー服の三人は、口汚くすごんだ。
普通ならそれなりの顔なのだと思うが、ちょい濃いめのメイクに加え、さっきまでウルウルしていたのがすごむものだから、かなりすごい状態になっていた。
もちろん、私は笑えるような状態ではない。
一方、黒神由貴は目を丸くして三人を見返していた。
びっくりした顔ではあるが、怯えている様子ではない。
「あ……ごめんなさい。でも……」
とまどったような顔で、黒神由貴は三人に言った。
「確かニュースで言っていたように思うので……解剖して、薬物使用の痕跡が見つかったとかって。血液中にも、薬物の反応があったとか。『野垂れ死に』という言葉は悪かったかもしれないけれど、あそこの路地で、ほとんど裸同然の姿で倒れていたんでしょ? 常識的に考えて、天寿を全うしたとは言えないと思うんだけど」
理路整然と、そしてとうとうと、黒神由貴は言った。
三人組も、黒神由貴の言うことが正しいのはわかっているので、とっさに反論することができないでいた。
だがそれは、黒神由貴が三人組に勝利したというわけではない。
とっさに反論できない分、三人組の内圧が高まりつつあるのが、私にはわかった。
のほほんとしているのは黒神由貴だけだ。
店内の他の客も、どうなることかと、私たちの様子を見ている。
くろかみ。理論では文句なく勝っても、肉体的暴力には勝てないだろうが。
どうすんだよ。
得意の御札じゃ、解決しないぞ。
一触即発。
そんな単語が頭の周りを飛び交い始めたとき、事態が動いた。
「うわあああああああああ!」
ものすごい悲鳴が聞こえた。
私は思わず周りを見たが、それらしい声の主は見当たらなかった。
黒神由貴が屋外巨大ディスプレイを見つめているのに気づき、私もそちらを見た。
悲鳴は、屋外巨大ディスプレイから出ていた。
画面の中で、高校生ぐらいの女の子が悲鳴を上げていた。
一瞬、大崎豊終焉の地で、感極まっているのかと思ったが、そうではなかった。
女の子は、明らかに何かに恐怖していた。
何かこの世ならぬものを見て、絶叫しているのだ。
だが、女の子の目線の先には、何もなかった。
あるのは、花束が積まれた、路地の入り口だけだ。
それでも、女の子は何かを見て、絶叫を上げ続けていた。
私は黒神由貴の様子をチラリとうかがった。
黒神由貴は鋭い目をしていた。
それも、いつになくきつい、鋭い目をしていた。
黒神由貴が緊張状態にあるのは、横にいる私にもわかった。
目を見開いて絶叫していた女の子が、棒を倒すように、いきなりぶっ倒れた。
「ちょっと! 何シカトこいてんのよっ! こっち見ろよっ!」
三人組の一人が、そうすごみながら、黒神由貴の肩に手をかけて振り返らせようとした。
「ちょっと黙ってて!」
ディスプレイを注視したまま、黒神由貴は肩に置かれた手を邪険に払いのけた。
びっくりした。
こんな黒神由貴は、初めて見る。
屋外ディスプレイでは、ことの重大さに気づいたのか、リポーターが状況を報告し始めた。
「ただいま、ファンの女性が失神したようです。大崎さんが倒れていた場所に来たことで、感極まったのでしょうか。まだ倒れたままのようですが、容態が心配されます。とりあえずスタジオにお返しします」
画像がスタジオに切り替わり、スタジオのキャスターたちも、ざわざわと不安げな顔で声を交わしていた。
黒神由貴は鋭い目をしたままディスプレイを見つめていたが、いきなり、小走りで店を出て行った。
私は置き去り。
「ちょっ、くろ……かみ?」
私と同様に店に取り残された状態になってしまった三人組も、あっけにとられた顔で黒神由貴の後ろ姿を見送った。
なんとなく、お互いの顔を見合わせる。
なんなの? あの子。
三人組の目が、そう言っていた。
「悪いね。ちょっと変わった子だから」
そう言って、私も店を出た。
黒神由貴の姿は、すでに見当たらなかった。
2.心不全は死因ではない
K医大法医学部。
剖検室から、検死を終えた女医が出てきた。
外で待っていた所轄の若い刑事が、歩み寄る。
「どうですか先生。やっぱり死因は心不全?」
女優の名取裕子似の女医は、刑事をじろりとにらんだ。
「あんたねえ。まがりなりにも警察関係者なんだから、今どき死因を『心不全』なんて言っちゃいかんでしょうが」
「は。そうすか」
「心臓が動かなくなれば、なんだって心不全よ。問題は、『なぜ心臓が止まったか』ということなのよ」
「じゃ、あの子の場合は」
「あの仏さんの場合は、脳出血。開頭したら頭の中血まみれだったわ。たぶん、ほぼ即死だったと思う」
「原因はわかりますか」
「既往歴を調べないとなんとも言えないんだけど。極度の興奮状態とか緊張状態とか、そういう可能性があるかも。……としか、今のところは言えないわね。ある程度の年輩だったら、『なにごとか』をイタしているときの興奮状態が原因という可能性もあるんだけどね。さすがに十代の女の子で、それはないと思うし、そもそもそういうことしていたわけじゃないでしょ?」
「それって先生、腹上……」
「はいはい、皆まで言わない。いやらしい顔しないの。性行為中の死亡例って、男性ばかりとは限らないのよ。しかも、『真っ最中』に死ぬとも限らないの」
へえ……という顔をした刑事をよそに、女医はかすかに眉をしかめ、ぽつりと言った。
「最近……この手の死亡例、多くない?」
刑事の顔に緊張が走った。
「死因に疑いがあるってことですか?」
「そうじゃなくて。ついこの間も、似たような死に方した女の子の検死したし、うち以外でも、何件かそういう検死したっての聞いたし。……ね。なんかそういう情報は入ってないの?」
刑事は顔を横に振った。
「いやあ。事件性もないので、所轄外の情報は何も。何か思い当たる可能性でもありますか?」
女医も首を振る。
「ないわねえ。血管が切れるって言ったら、真冬の夜中、トイレに立った御老人、というパターンがほとんどなんだけどねえ。こんなに若い女の子ばかりが血管ぶち切れるって、考えにくいんだけどな」
「最近の子は、気が短くなってるんじゃないすか」
「それでカッとなって、血管切れたって? バカ言ってんじゃないわよ」
女医は釈然としない顔であった。
3.黒神由貴の様子
翌日、星龍学園に登校すると、教室近くの廊下で、黒神由貴と神代先生が立ち話をしていた。黒神由貴は鞄を手に持ったままで、どうやら教室に向かう途中で神代先生に会って、そのまま立ち話になったという感じだった。
二人が話している様子に、覚えがあった。
マチャミの葬式のとき。
あのときの黒神由貴と神代先生も、こんな感じで話していた。
ひそひそ話。
あまり人に聞かれたくない話。
私が声をかける前に、神代先生が私に気づいた。
「それじゃ、またあとで」
神代先生はそう言ってきびすを返し、職員室の方へ歩いていった。
「おはよ」
黒神由貴が言った。
「おはよ。神代先生と何話してたの?」
私は言った。訊いても本当のことは話さないだろうとは思いつつ、訊いてみた。
「ううん、これといって何も。普通の世間話」
嘘が下手な子だなー。
「ま、そんなことはどうでもいいんだけどさ。昨日、どうしたの?」
一瞬、黒神由貴の目が泳いだ。
「ごめん。急用を思い出しちゃって。ごめんねー」
黒神由貴は片手で私を拝むジェスチャーをして言った。
絶対にこんなことはしないキャラクターなのに。
「その『急用』と、今、神代先生と話していたことと、関係ある?」
多少のはったり込みで、私は言ってみた。
「ないないない」
黒神由貴は大げさに手を振って、否定した。
──関係あり、か。
あるとすれば、昨日の騒ぎだろうな。
三枝実業高校の三人組に喧嘩をふっかけられている状態が気にならないほど、重要な何か。
あの、巨大ディスプレイで生中継された、大崎豊一周忌のニュース。
あれだな。
正確に言えば、あのときぶっ倒れた女の子だ。
あの女の子が、黒神由貴や神代先生とどう関係があるんだろう。