5枚目の無惨絵は、かなり正確に様子を描いていた。
大きな蔵の中──
丸めた布団の上に、全裸で足を広げてあおむけに寝かされた遊女。
その横に立ち、長槍を持った巨漢。
もう一人、軽妙な身なりの、扇子を持った男。
臭いが鼻についた。
酒の臭いと、灯明の油の臭いと、──血の臭い。
巨漢は裸に着物を1枚引っかけただけの姿で、股間に立った巨大なものが丸見えだ。
槍を水平に構え、その先を遊女の股間に向けている。
この巨漢は、このおぞましい行為を、楽しんでいる。興奮している。
巨漢の股間に立つものが、それを物語っている。
この変態め。
「東西。秘め所より刺し入れたるこの名槍、口から出でまして、みごと女郎田楽となりますれば、御喝采」
軽妙な姿の男──たぶんこいつがタイコモチだ──が、胸が悪くなるセリフで、座を盛り上げている。
「それそれえっ! ぐいっといかんかい、金剛!」
どこからか、声がかかった。
それに答え、巨漢が吠えた。
「うおおおおおおっ!」
槍が突き出された。
「やめてえええええっ!」
叫ぶと同時に、私は遊女に向かって走った。
その場にいた人間にとって、私の声はよほど意外だったようだ。
私の声に驚いて、巨漢が突き出した槍が微妙にそれ、刃は遊女の局部ではなく、太ももに突き刺さった。
突き刺さった槍をすぐに引き抜いて、巨漢が顔を上げる。
そのスキを狙って、私は遊女に駆け寄り、遊女の身体を抱えて、転がるようにして蔵の隅にへたり込んだ。
そばにあった着物をたぐり寄せ、包み込むように、遊女の身体に掛けた。
遊女の太ももから、止めどなく鮮血があふれている。
「なにやつっ!」
そのときになって、蔵の中の様子と、そこにいる人間がわかった。
遊女のそばにいた巨漢と幇間、少し離れた所で座る、初老の男が三人、それぞれの初老の男のそばに立つ中年男が三人。
初老の男たちの前には、酒や料理が並んでいた。
そして、巨漢と初老の男との間に、一人ぽつんと、絵筆を持った若い男がいた。
「ぬし、どこから入った?」
初老の男の一人が言った。
「よくもこんなひどいことができるわねっ!」
私は叫んだ。
「あんたたちなんか、死んじゃえばいいのよっ!」
「だんな。こやつ……」
巨漢が、私を見ながら、面白そうに言った。
「股引き姿でしたで、わかりませねだが、……娘ですぜ」
ももひき? 私のGパンのことか。
「なんと。……おお。まこと娘じゃ」
「どうしやす。なかなか生きが良さそうですが、また初手から始めるのは、ちっと手間ですぜ」
「ならばどうする、金剛」
「そうですのお……」
巨漢は含み笑いしながら、近くに置いてあった刀を手に取った。
「女郎田楽ができなくなりましたでのお。ここはひとつ、この胴太貫(どうたぬき)で」
刀を抜いた。凶暴な光が私の目を射た。
「唐竹割りにして、娘のカブト焼きとシャレこみましょうかのお」
「ふほほほ。趣向じゃの。やっていただきますか」
……私、お寺の中で絵を見ていたんじゃなかったっけ……?
どうして、こんなことになってるのかな。
夢……じゃないのかな。
腕の中に遊女を(名前も知らない!)抱きながら、私は考え続けていた。
巨漢が、刀を大上段に振りかぶった。
「往生せいっ!」
私は遊女を抱く腕に力を込め、強く眼を閉じた。
「へぎっ!」
奇声が聞こえて、私は思わず目を開けた。
巨漢の横に立っていたタイコモチが、顎まで真っ二つになっていた。
頭を両断された状態で、タイコモチはへろへろと、扇子を泳がせた。
「なんと!?」
巨漢は、驚愕に目をむいた。
それはそうだろう。
私たちに向かって刀を振り下ろしたはずが、90度向きが変わって、横にいたタイコモチを半分にしてしまったのだから。
「きさんっ! 何をしたっ!」
タイコモチの胸に足をかけ、刀を引き抜いた。二つに割れた頭から血を吹き上げながら、タイコモチが床に倒れる。
わかるわけがない。私だって驚いているのだ。
「おかしな真似せんと、素直に唐竹割りに───」
巨漢の視線が、ふっと動いた。
私たちの少し横を、ふしぎそうに見る。
それにつられて、私も横を見た。
いつの間に現れたか、私の横に、白く光り輝く人が立っていた。
白く光ってよくわからないが、女性で、着物姿であるのはわかった。
「狐狸妖怪の類かっ! それとも、女どもが迷うたかっ!」
巨漢が叫ぶ。
「どうでもよいっ。怨霊など恐れる金剛様ではないわっ!」
再び、刀を大上段に振りかぶった。
そこで──固まった。
「ぬうっ!?」
「これまでのおなごたちの恨み、思い知るがよい」
白く光り輝く女性が言った。
「死ね」
呆然とした表情の巨漢が、大上段に振りかぶった刀を胸元まで下ろし、刃先を自分の首筋に当てた。
そのまま、ゆっくりと引く。
噴水のように血を噴き上げながら、まだ、刀を引き続ける。
やがて首がぐらりと傾き、皮と肉で繋がった状態で、ぶら下がった。
「ひいっ!」
残虐ショーを見物していた初老の男たちや、その番頭たちが、悲鳴を上げた。
「お、お助けっ!」
蔵の出口に向かい、四つんばい状態で、あるいはこけつまろびつしながら、我先に逃げてゆく。
「逃がさぬ」
白く光り輝く女性が腕を上げると、蔵の扉が急速に閉じた。
(あ、「キャリー」みたい)
一瞬、私はどうでもいいことを考えた。
白く光り輝く女性は、固く閉じた扉をドンドンと叩き続ける男たちに向かって歩いていった。
歩きながら行灯に手をかざす。触れてもいないのに、行灯が倒れた。灯明油が流れて、火が上がる。
行灯を一つ倒すたびに、蔵の中に炎が広がってゆく。
私……ここで死んじゃうのかな……
さっきと同じようなことを、私は思った。
どこなのか、本当のことなのかわからない場所で、焼け死んじゃうのかな……
「もしっ」
肩をつかまれた。
身体が、びっくーん、と反応する。
恐る恐る振り返ると、さっき筆を持っていた男の人がいた。
「こちらへ。外へ出られます」
躊躇している余裕はなかった。
私は男の人と一緒に遊女を抱え、閉じられた出口の反対側にある、小さな扉から、外に出た。
蔵から5~6メートルぐらい離れたが、それでも熱気が届く。
蔵の、明かり取りの窓から、炎が上がっていた。
男たちの断末魔の声がかすかに聞こえたが、すぐに途絶えた。
と、蔵の出口が開いた。
酸素が供給されたためか、爆発したように、炎がさらに大きくなった。
炎の中、開いた扉から白く光り輝く女性が現れた。
こちらに近づいてくる。
表情や細かい服装は、やはりわからない。
ただ、こちらを見つめているような雰囲気はある。
私はふと、白く光り輝く女性に見覚えがあるような気がした。
あれってもしかして、くろかみ……? ま・さ・か……ね?
「……あわれな……」
ぽつんとそう言うと、白く光り輝く女性の姿は薄れていった。
私はしばらくぽかんとしていたが、遊女がかすかに身じろぎして、我に返った。
「ねえっ! しっかりしてっ! ねえ、大丈夫っ? もう大丈夫だからねっ!」
自分が言ってることがめちゃくちゃであるのは、わかっていた。
「……かぢゃ(母ちゃん)……」
「なにっ?」
「かぢゃがつぐってくれた……ままが……くいでぇ……」
それが、遊女の最期の言葉だった。
私はキレた。私は顔を上げ、男に向かって叫んでいた。
「ちゃんと描いてあげてよっ!」
涙で顔がぐちゃぐちゃになっているのがわかった。
「あんな残酷な絵じゃなくて、きれいな姿の絵を描いてあげてよっ!」
私の剣幕に、男がたじろいでいるのがわかった。
頭では、男も好きこのんで描いているわけではないのはわかっていたが、止まらなかった。
言うだけ言って、私は遊女を抱きしめた。
コットンのシャツもGパンも血まみれになったが、どうでもよかった。
遊女がかわいそうでかわいそうでならなかった。
そして また
アタマノ ナカガ
マッシロニナリ……