単品怪談

僧侶が置いていった物のはなし


 かの悲劇から一月ほど過ぎた頃、奇妙な出来事が報告された。以下は石巻市のSさん夫妻の体験談。
 Sさん夫妻は地震後の津波によって、一人娘の美華さん(24)を亡くしている。
 美華さんの遺体は発見されず、大量の瓦礫とともに沖へ流されたと判断された。
 愛娘の死を信じられないSさん夫妻は茫然自失の日々を送っていたが、そんなある日、Sさん宅に僧侶とおぼしき作務衣姿の人物が訪れた。
 Sさんはそれを、震災遺族を食い物にする詐欺師と思ったという。事と次第によってはただではおかない覚悟で応対に出たSさんは、しかし、拍子抜けすることになる。
 まだ若く見える僧侶はていねいに悔やみを述べた後、一本の線香を取り出し、「お嬢様に会いたくなったときは、この香をお焚き下さい」と言い置いて、すぐに立ち去った。






 あっけにとられたSさんであったが、「せっかくだから」と、仏壇で香を焚いた。
 夫妻は並んで手を合わせていたが、ふいに奥さんが「おとうさん!」と声を上げた。Sさんが顔を上げると、仏壇を覆わんばかりに煙がたなびいていた。

「おとうさん、あれ!」

 奥さんが、もう一度声を上げた。
 煙の中に、人の上半身姿が見えた。まごうことなく、美華さんの姿であった。
 夫妻は美華さんの名を呼びながら、号泣した。思えば震災以来、心の底から泣いたのはそのときが初めてであったという。
「それですっきりした、というのも変な話ですが、生きてゆく気力は湧きましたね」
 と、Sさんは言う。



 後に、あるコラムニストが「その線香は『反魂香(はんごんこう)』だったのではないか」と述べたが、真実は定かではない。

【反魂香】焚くとその煙の中に死んだ者の姿が現れるという伝説上の香。


謎の僧侶の正体が気になる方はこちら


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