黒神由貴シリーズ

かまいたちを倒せ 2


4.黒神神社にて

 以下、黒神由貴と「お祖母様」の間で、こんなやりとりがあったんじゃないかな、と私は想像するわけだ。

「お祖母様! 以前も申し上げたはずです。真理子を巻き込むのはやめてほしいって。お祖母様もそのつもりはないとおっしゃったじゃないですか!」

『あのときはあのとき。今回はいささか事情が違います。第一、お前や冴子さんでは、向こうが恐れをなして襲ってこないでしょう』

「そういう問題じゃありません!」

『まったくのど素人だったらそうでしょうが、あのお嬢さんは違うでしょう』

「違いません! 真理子は普通の子です!」

『あのお嬢さんには、相当な素質があります。お前からの話を聞いただけでもかなりのものとわかります』

「でも、いくらなんでも、真理子を『かまいたち』のおとりにするのは、危険すぎます!」

『もうよろしい。冴子さんにも連絡しておきますから、なるべく早く、うちへいらっしゃい』

ガチャ



 というわけで、黒神由貴と神代先生が二人そろって、言いにくそうに、私に相談に来たのだった。

「まあそういうわけで、真理子にも来てくれって、お祖母様がうるさくて。私は絶対だめって言ったんだけど、真理子にも協力してもらいたいからって。ごめん」

 これ以上は無理ってぐらい申しわけなさそうに、黒神由貴は言った。

「話を聞いて、私もそれはやめとけって言ったんだけどね。私たちは経験があるからともかく、榊さんにもしもの事があったら、あなたの御両親におわびのしようもないし」

 神代先生が、珍しくヘコんだ顔で言う。

「大丈夫」

 私は胸を叩いた。

「私だって、くろかみや神代先生につきあって、それなりに場数は踏んでるし、くろかみはこれまでも突然のご指名に応じてくれたし。私で役に立てるなら、なんなりと」

「ご指名とか、そういうレベルの話じゃないんだけどなあ」

 あきれたように、神代先生が言った。



「すっげー……」

 黒神由貴の母方の実家だという黒神家、そこの大広間──「拝殿の間」に案内された私は、そんな声しか出なかった。
 ちょっとした旅館の大広間ぐらいの部屋、その壁面の一つ丸々が祭壇になっているのだ。聞けば、となりの黒神神社の本殿がここなのだそうだ。
 黒神由貴のお祖母さん、黒神由貴が日頃言うところの「お祖母様」が、今、私の前にいた。祭壇を背に、ぴしっと正座している。私はと言うと、黒神由貴、神代先生と横一列に正座して、お祖母様と向かい合っている。なんなのこの緊張感。

「由貴の祖母の千代と申します。由貴がいつもお世話になっております。わたくしからも御礼申し上げます」

「はじめまして。榊真理子です。こちらこそ、くろかみにはお世話になってます」

 私は手をついて頭を下げ、お祖母様に挨拶をした。自然にそうなってしまうような威厳が、お祖母様にはあった。
 もしも「どもー♪」とか「ちぃーっす」なんて挨拶をしようものなら、その場で張り倒されかねないような気がした。

「頭をお上げ下さい。そんな風に言われると、こちらが恐縮してしまいます。さ、どうぞお茶をお上がり下さい」

 お祖母様は優しく言った。

「いただきます」

 私は、さっき黒神由貴が用意した紅茶を一口すすった。美味し。

「……で、婆さん本気でやるの」

 ここで神代先生が口を開いた。

「電話でも言ったけど、私はあまり気が進まないんだけどね。なにしろ危険だから」

「私もそう思います。万一のときの危険回避ができなかったらと思うと、血の気が引きます」

 黒神由貴も言った。

「何日か前に由貴が『かまいたち』と遭遇したときの話を聞いた限りでは、ただならぬ相手と考えられます。なにしろ、由貴が放った式神をあっさりと紙くずにしたそうですから」

 お祖母様の言葉を聞いて、私は目をむいた。「かまいたち」と出逢って、しかもやり合ったなんて、そんなこと黒神由貴から聞いてない。
 私は思わず黒神由貴を見た。
 私の視線に気づいたのか、黒神由貴はこちらをちらっと見て、ちょろっと舌を出した。テヘペロじゃねーよ。

「思うにこれは、相手の力が強大であるというよりも、わたくしどもが属する教義とは異なる世代──言わば『そういうものを意に介さない存在』とでも言いますか。冴子さんの真言密教でも同様の結果となったのではないかと考えます」

「宗教的なアプローチでは効かないってこと?」

 神代先生が言った。

「おそらく。そもそも、今回の相手は、宗教とか信仰といったものに興味がないというか、知識すらないのではないかと」

「はああ?」

 神代先生があきれたような声を上げた。

「たとえば……こういうたとえが妥当かどうかわかりかねますが、アフリカ奥地の土着民族の民間伝承や呪物に対して、陰陽道の呪法や真言密教の法具が効力を発揮するか、ということです」

「なるほど。めくら蛇に怖じず、て感じか。わからなければ怖がりようもないな、確かに」

 神代先生がうなずいた。

「ただ、由貴とやり合ったことで、今後は相手もかなり警戒すると思います。冴子さんはまだ『かまいたち』とは遭っていませんが、もし遭えば向こうはすぐにただの人間ではないとわかるでしょう。従って、あなたたちをおとりにしてもあまり意味はありません。そこで」

 と、ここでお祖母様は私を見た。

「真理子さんに協力をお願いしたいわけです。由貴や冴子さんでは警戒される、さりとて何も事情を知らない素人さんでは危険すぎる、となると、素人さんよりは妖しに対する経験や知識があり、由貴や冴子さんと信頼関係もある真理子さんが適任であろうと」

「えっとー……」

 と私は、お祖母様と黒神由貴たちの会話に割り込んだ。つい、普段っぽい話し方になってしまったのは許してほしい。

「今一つ話が見えないんですけど、その『かまいたち』って言うのは、今騒ぎになっている切り裂き魔のことですよね? それを、くろかみと神代先生がやっつけようとしている、ということですか? で、私は何をすれば」

「単刀直入に申しますと、真理子さんには『かまいたち』のおとりになっていただきたいのです。『かまいたち』が真理子さんを狙って近づいたときに、由貴と冴子さんに退魔行を行ってもらいます」

 私は言葉を失った。さすがに「わかりました。お引き受けいたします」と即答できる依頼ではなかった。

「真理子。無理と思ったら断っていいからね。いくら真理子が怖いことに興味があると言ったって、これは無茶すぎると思う」

 黒神由貴が小声で言った。 
 これまで遭遇した「怖いこと」を、私はいくつか思い返した。
 そのどれも、黒神由貴や神代先生がいなければ、私は無事では済まなかったと思う。
 つまりだ。
 ここで断ったら、女がすたるってもんだろう。

「わかりました。やります」

 私は言った。黒神由貴と神代先生が小さくため息をつくのがわかった。「引き受けるんじゃないよ、このバカ」なんて思ってるんだろう。私にはわかる。

「一つ質問いいですか」

「なんでしょう」

 さっきからの会話で気になっていたことを、私はお祖母様に確認しようと思った。

「くろかみが『かまいたち』とやり合ったとき、御札とかそんなのが効かなかったんでしょう? 神代先生でもだめだろうとも言われてましたし。どうやってやっつけるんですか」

「実は問題はそこなのです」

 お祖母様が微妙に困り顔になった。

「呪符や真言で除霊できるのなら苦労はないのですが、今回はそうもいかないと思われます」

「……婆さんは何か策があるの」

 神代先生が言った。

「今回に限って言うなら、力対力の戦いになるかと思います」

 お祖母様は少し眉間にしわを寄せて言った。

「『聖なる力対邪悪な力』とか『善対悪』とか『光対闇』とか、そんな安っぽいB級ホラー的なことは言いたくありませんが、圧倒的な力で無理矢理ねじ伏せるのが最良かと思います。……また、もしできることなら、そういうものがあればの話ですが、」

 と、お祖母様は口調を変えた。

「『かまいたち』と同等の力を持った、同じような禍々しい存在があるなら、『毒をもって毒を制す』であるいは、とも思うのですが、そんな都合のいいものはなかなか見つかりませんし、あったとしてもこちらの思うとおりになるかどうかも」

 お祖母様の言葉の途中で、黒神由貴と神代先生が同時に小さく「あ」と言い、顔を見合わせて、お互いの顔を指さした。

「妖刀!」
「妖刀!」

 ハモった。

「……なんです、それは」

 お祖母様が言った。

参考:「黒神由貴な日々」内、「黒神由貴と妖刀」


5.かまいたちの生誕地にて

 数日後の夜、私と黒神由貴と神代先生の三人は、T町の住宅街にいた。
 私たちの目の前にあるのは5階建てのマンションで、1階部分は心療内科のクリニックになっている。もちろん今は診療時間外だからクリニックはやっていないが、そもそも、現在は閉鎖されているようであった。

「ここが三人目と四人目の現場」

 閉ざされたクリニックの入口を見ながら、神代先生が言った。

「被害者はここの院長と看護師長。どちらも喉をばっさり」

 その事件は私もニュースで知っていた。確かこの事件のあとあたりから、「切り裂き魔」とか「かまいたち」と言われるようになったのだ。
 事件の異常性が明らかになって、このクリニックでの殺人事件以前の出来事との関連性も考えられるようになったのだった。

「それで、黒神さんの婆さんとか、あちこちからの情報をまとめるとね、ひとつ奇妙なことが出てきてね」

 神代先生の話を、私と黒神由貴は無言で聴いている。

「ここが三人目と四人目の被害者で、その前に一人目と二人目の被害者。一人目と二人目は、腕とか足が切断されたものの、命は助かってるけどね。問題はその前」

「その前?」

「このクリニックってのは心療内科だから、心を病んだ人が来るわけなんだけど、その中に一人、気になる患者がいて。その患者は中学生の女の子らしいんだけど、その子、自傷癖があってね」

「自傷癖って」

「ほら、リストカットとか、あるでしょ。インターネットでもたまに自分で投稿してるバカがいるけど。あれよ。自分で自分を傷つけることを、自傷癖って言うの」

 神代先生は続けた。

「で、自傷癖患者なんて、心療内科ではそんなに珍しいことではないんだろうけど、その子が変わってたのは、『かまいたちにやられた』って言ってたこと」

「かまいたち! じゃ、その子に話を聞けば──って、先生。なんでそんなことまで知ってるんですか。患者のそういうことって、秘密なんですよね。どうやってそんなこと」

 私が訊くと、神代先生はかすかに笑った。

「蛇の道は蛇ってね。色々と調べるルートはあるのよ」

「で、その子は『かまいたち』について何か知ってるってことなんですか? その子は今どうしてるんです?」

 勢い込んで私が言うと、神代先生はてのひらを私に向け、「まあまあ」というジェスチャーをした。

「あわてないの。で、その女の子なんだけど、ある日突然、失踪しちゃって」

「あー。ノイローゼか何かで」

「そうかもしれない。だけどね。失踪したあとの女の子の部屋、血まみれだったらしいのよ」

 突然の展開に、私は絶句した。

「……殺されたとか。さらわれたとか」

「それははっきりしないの。はっきりしてるのは、その女の子が失踪してから『かまいたち』が出るようになった。ってこと」

「『かまいたち』の正体は、その女の子ということですか」

 神代先生の話を黙って聞いていた黒神由貴が、このとき初めて口を開いた。

「その可能性が高いんじゃないかな、という気がするのよ。黒神さんが見た『かまいたち』の姿とその女の子が、妙にダブるのよね。女の子の写真でもあれば黒神さんに見てもらえたんだけどね。──そうだ。一つ訊いておこうと思ってたんだけど、その女の子、『かまいたち』は、女の子に何かが憑依してるの?」

「……違うと思います」

 ほんの少し間を置いて、黒神由貴は言った。

「操られているとか、そんな感じはしませんでした。かといって、生粋の妖しとも違っていて……」

 黒神由貴は何か言いあぐねていた。言葉を選んでいるように見えた。

「なんて言いますか、妖怪と化した人間、という印象でした。自ら望んで妖しになったと言うような……」

「なるほどね。憑いているものを落とせばいいってわけじゃないか。確かに婆さんの言ったとおり、やるかやられるかになりそうね」

「ところで先生。さっきから気になっているんですが」

 と、私は神代先生に言った。

「肩にぶら下げてるの、なんですか? どこかでラクロスの試合でもしてきたんですか?」

 私は、神代先生が右肩にぶら下げている細長いバッグを見ながら言った。それは、ラクロスで使うラケットを入れるバッグであった。星龍学園の校名が入っているから、ラクロス部の備品だと思う。それを肩に提げて、反対側の肩にはいつも神代先生が持っているショルダー・バッグを提げているから、なんかものすごく不釣り合いだ。

「ああ、これ?」

 ラケットのバッグを指さして、神代先生が笑った。

「これは秘密兵器。知り合いに借りてきたの」

「へえ……」

 「中身はなんですか?」と言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
 予感とか気配を感じるとか、私は「そういうタイプ」ではないはずだが、確かに何かを感じた。
 それが私の気のせいではないのは、神代先生の顔から笑いが消え、黒神由貴が鋭い目つきになったことからも、間違いないようであった。

「……先生、来ました」

 黒神由貴が言った。

「みたいね」

 神代先生がうなずいた。

「……もしかして、『かまいたち』?」

 私がこわごわ訊くと、二人はうなずいた。

「黒神さん榊さん、少し先の公園まで行こうか。ここだと、人が出てきたらまずいし」

 神代先生はそう言って、スタスタと歩き出した。私と黒神由貴も、それに従った。
 歩きながら、私はちらちらと周辺をうかがった。いや、私が見回しても、何もわかるわけもないのだが。
 いやな感じ。
 どうにも言いようのない、いやな感じ。
 そうとしか言いようのない感覚が、歩いている間、ビシバシと感じられた。誰かに見られている、その視線をもっと強くしたような。
 後ろを振り返りたくなるのを、私は思いっきり我慢していた。振り返った瞬間に襲いかかってくるような気がしたからだった。
 公園に着いた。そのまま中へ入ってゆく。
 ブランコとか鉄棒とか鉄製のすべり台とか、そんな遊具が設置された、ごく普通の児童公園だ。照明灯が2本ほど立っているが、人がいればわかる程度の明るさで、防犯効果的には疑問だ。
 この時間、さすがに誰もいない。てか、ここ何週間かは、「かまいたち」を恐れて、夜は誰も出歩いたりしない。
 公園の中ほどで神代先生が立ち止まった。黒神由貴も立ち止まる。もちろん私も。
 神代先生と黒神由貴があたりの気配を探っているのが、わかった。
 自分自身の心臓の鼓動が、うるさいぐらいに感じられた。
 神代先生と黒神由貴の肩が、ぴくりと動いた。
 同時に私は、背後からのものすごい気配を感じ、右方向に跳んだ。
 神代先生と黒神由貴は左方向へ跳んだ。
 左方向へ跳んだのだが、神代先生は左へ跳ぶ前に私を突き飛ばそうとしたので、ほんの一瞬、動きが遅れた。
 何かが突風のように通り過ぎた。
 右へ跳んだ私と、左へ跳んだ神代先生と黒神由貴、その間、もともと私たちがいた場所に、どさっと長いものが落ちた。
 腕っ!?
 ぎょっとして地面に落ちたそれを見ると、神代先生が肩に提げていたラケットのバッグだった。
 左右に分かれた私たちは、前方を見た。
 5メートルほど離れた場所に、人影があった。公園内の照明が逆光になってよくわからないが、そのシルエットは若い女性──というか、女の子に見えた。
 女の子の姿が見えにくいのは逆光のせいだけではなかった。女の子は半透明であった。照明灯のポールが透けて見えている。

「びっくりした。やるじゃん、お姉さんたち」

 そのシルエットが言った。
 シルエットは「かまいたち」であった。
 なんのことはない、私がおとりになって夜の町をうろつく前に、「かまいたち」の方からやってきた。






6.公園での戦い

 照明灯の光に照らされた「かまいたち」の姿は、どう見ても普通の女の子だった。その両腕が巨大な刃物であるのが服装と不釣り合いで異様であったが、秋葉原あたりにいれば、何かのアニメのコスプレだと思うだろう。

「お姉さんたち、あたしを捜してたんでしょ? だから出てきてあげたよ。いっぺんに三人バラバラにするのは初めてだし、楽しそう」

 そう言ってから、「かまいたち」は黒神由貴と神代先生を見た。

「……そっちの小さなお姉さん、前に会ったよね? 今度会ったらバラバラにするって言わなかったっけ?」

 「かまいたち」は面白そうに言った。

「あたしを捜してどうするつもりなの? 捕まえるの?」

「殺すの」

 神代先生が言った。

「殺すぅ?」

 「かまいたち」が嗤った。侮蔑の笑いだった。

「今のを避けられたのって、もしかして自分の運動神経がいいからとか思ってる? 腕をちょん切ろうと思えばできたのを、あたしがおまけしてあげたのに」

 「かまいたち」の言葉にもしやと思い、私は神代先生を横目で見た。
 神代先生は右腕の手首から少し上あたりを、左手で押さえていた。押さえている部分のスーツの袖に、黒っぽい染みができていた。

「先生。やられた?」

「大丈夫。ちょっとかすっただけ。傷よりも、スーツがパーになったことの方が痛いわ」

 顔は「かまいたち」へ向けたまま神代先生は言って、左肩に提げたショルダー・バッグから、おなじみの金色に光る道具──独鈷杵を取り出した。いつもだったらクルクルッとバトン・トワリングのように回すが、今は左手なので、それはしなかった。あんなことを言ったが、独鈷杵を自在に使うのが難しい程度には傷は深いようだ。
 黒神由貴も、いつの間にか御札(呪符?)を出して指にはさんでいた。

「で、どうやってあたしを殺すの? 真ん中のお姉さんは右手を使えなくしたし、となりの小さなお姉さんは、紙切れを飛ばしてきたけど細切れにしてやったし。まさかまた同じことするつもりじゃないよね?」

 私は、私と黒神由貴たちの間に落ちているラケット・バッグをちらっと見た。
 秘密兵器。
 さっき神代先生はそう言っていた。
 なんだろう。「かまいたち」を一発でやっつけられるような武器なのか。
 特撮ヒーローもので、防衛軍の科学班が最後の最後のぎりぎりで完成させて持ってくるような必殺武器なのか。
 ドラキュラに対する十字架とか悪代官に対する葵の御紋入り印籠とか、見せるだけで効果があるものなのか。
 それとも、パワーはあるが、ちゃんと使いこなせないと意味がないものなのか。
 あまり考えている暇はない。
 私は神代先生を見た。
 神代先生と黒神由貴も私を見た。
 私はもう一度ラケット・バッグに目をやり、すぐに二人に目を戻した。
 神代先生と黒神由貴がかすかにうなずいた。
 黒神由貴が顔の前に御札をかまえ、腕を振って、「かまいたち」に向かって投げた。
 遠投はからっきしのはずの黒神由貴だが、不思議なことに御札は一直線に「かまいたち」へ飛んでいった。

「効かないって言ったでしょ!」

 「かまいたち」が叫んで腕を振ると、一瞬で御札は紙吹雪になった。
 そのスキをついて神代先生がラケット・バッグに右手を伸ばした。
 取らせまいとして「かまいたち」が向かってきた。
 だが右手を伸ばしたのは神代先生のフェイントだった。
 ぎぃん、という金属音がした。
 振り下ろされた「かまいたち」の腕、というか刃を、神代先生は左手に持った独鈷杵で受けていた。
 神代先生がラケット・バッグを私に向けて蹴飛ばした。
 私はラケット・バッグを取り上げてファスナーを開き、中のものを取り出した。
 刀だった。日本の刀。
 これが対「かまいたち」の必殺武器なのか。
 私はためらわず刀を抜いた。
 その瞬間、私の身体が硬直した。


かまいたちを倒せ3へ


黒神由貴シリーズ