黒神由貴シリーズ

迷宮の戦士たち


1.ラスボス登場

 階段を上がりきったところに立つ黒神由貴、神代先生、幻丞さんの三人を見上げている私を、神代先生がちょいちょいと手招きした。おずおずと階段を上り、黒神由貴の横に立つ。
 例によって、「なんでこんなところに来るんだ」とか言われて怒られるかと思ったが、意外にも私と黒神由貴がここに来ることは想定内だったようだ。

「……あなたたちも、『この廃工場に来るな』って言われたパターン?」

 神代先生が言った。私と黒神由貴がうなずく。

「ひょっとして、工場の中に入ったとき、何かした?」

 と、これは黒神由貴に訊いたようだ。黒神由貴はまたうなずいて、

「式神を放って、剣気で拡散させました」

 黒神由貴の言葉を聞いて、神代先生が苦笑いを浮かべる。

「じゃあそのすぐあとのこともわかったよね?」

「九字のことでしたら、……まあ」

 黒神由貴の言葉で、神代先生も幻丞さんも笑った。黒神由貴もつられて笑う。

「危なく同士討ちになるところですよ。勘弁してください」

 幻丞さんが言う。以前にも思ったけど、背が高い人だなー。うちの兄貴よりもかなり高いな。

「それで、これからどうする? 呼ばれたから来たけど、向こうがどういう出方をしてくるか、今一つはっきりしないんだけど」

 誰に言うでもなく、神代先生が言った。

「それは……」と、黒神由貴が何か言いかけたのだが、その前に私が口を開くのが早かった。

「この中の人を成仏させてあげないといけないんじゃないですか?」

 黒神由貴、神代先生、幻丞さんがいっせいに私を見た。

「成仏……?」

 神代先生が不思議そうに言った。

「はい。ここにいっぱいいる人たちって、いろいろ恨みを残して死んだんでしょう? それを晴らしてあげないと」

 私がそう言うと、神代先生は黒神由貴をちらっと見た。黒神由貴はなんか微妙な顔をしている。ん? と思って幻丞さんを見ると、幻丞さんもなんとも言えない表情をしている。
 私なんか変なこと言った?

「……まあとにかく、とりあえず1階へ下りようか。下の方が広いし」

 微妙に何か言いたそうなまま、神代先生は階段を下り始めた。黒神由貴と私、そして幻丞さんが続いた。
 1階の、吹き抜けとクレーンがある部分の真下は、割と大きな広場状になっている。大きな機械などはここで組み立てたりするんだろう。
 階段を下りてそこへ歩を進めていた神代先生が立ち止まった。
 私と黒神由貴、幻丞さんも歩みを止めた。
 前方、広場の中心に、スーツ姿の壮年男性が立っていた。
 作業場内はほとんど真っ暗だが、その男性は全身がぼうっと淡く光っていて、誰だかわかった。
 マタミグループ会長、馬淵民雄であった。

「誰かね、君たちは」

 私たちに気づき、馬淵は言った。



「なんでこんなところに、あのおっさんが」

 思わず、私はつぶやいた。
 黒神由貴が私をちらっと見て、

「真理子、馬淵会長が見えるの?」

 と言った。

「うん。って、えっ。あれってもしかして亡霊? でも馬淵会長って、まだ生きてるよね?」

 黒神由貴はうなずいて、

「あれは亡霊じゃない。本人がここにいるのでもない」

 一瞬、間を置いて、黒神由貴は続けた。

「あれは、馬淵会長の生き霊」



「お前たちは誰だと訊いているんだ!」

 私たちが無反応だったことにいらだったのか、語気を強めて馬淵が言った。

「見ての通り、通りすがりの野次馬よ」

 神代先生が言った。通りすがりって。

「人を使いつぶしてでかくなったクソ野郎がどんなやつか知りたくてさ」

「人聞きの悪いことを言うんじゃない」

 馬淵は心外だと言わんばかりに、声を大きくした。

「私のグループで働く従業員たちは、みなそれぞれが宝だよ。会社に利益をもたらし、会社を大きくしてくれる力となる、宝だ」

「そりゃ残業代は出さない、過労死すればポイして新しい社員を採用すればいいんだから、丸儲けだよな」

 神代先生は顔を横に向け、床にペッとつばを吐いた。口は悪いが所作は上品な神代先生にしては、珍しい行動だった。よっぽどカリカリ来てるんだろう。

「で、あんたはどうしたい。今のあんたの状態だったら、周りにいる連中が見えるだろ。自分のサポーターだとでも思ってるのか?」

 神代先生の言葉で、馬淵はまわりを見回した。いつの間に集まってきていたのか、亡霊たちが馬淵と私たちの周囲を取り囲んでいた。水の中を漂ってでもいるように、ゆらゆらと左右に揺れている。
 亡霊たちを見た馬淵は悲しい目をしてうつむき、首を左右に振った。
 過酷な労働環境で従業員を死に追いやったことを悔いているのか、いいところもあるじゃないか、一瞬でもそう思った私がバカだった。

「彼らの死は無駄にはしない。するはずもない。彼らは自ら犠牲となって、我が社の『糧』となってくれたんだよ。さっきも言っただろう? 彼らは利益をもたらす宝なんだ。ここも建て直して、巨大レジャー施設にする予定だよ。レストランや娯楽設備を備えた巨大ビルにね。そのときはまた、宝が殺到するだろう。この不景気だからね。私は彼らに、働く喜びの場を提供してあげているんだ」

 私の右こめかみのあたりで、「ぷっちーん」という音がしたような気がした。

「ふざけんな、このバカ!」

 頭の中で組み立てるよりも早く、口から言葉が飛び出していた。

「この人たちに謝ってから、悪かったと言ってから、そんなこと言えっ! 勝手に決めつけんなっ! この人たちみんな、死にたくて死んだと思ってんのかっ!」

 続いて私は、周りにいる亡霊たちに向かって叫んだ。

「あんたたちもあんたたちよっ! そんなところに突っ立ってないで、ぼけっとしてないで、恨み言の一つぐらい言ったらどうなのよっ! 言いたいことはいっぱいあるんでしょっ! もう死んでるんだから、怖いものなんてないでしょっ! あのバカに向かって行って、やっつけたらどうなのよっ!」

 亡霊たちは私の言葉にたじろいだようで、身体の揺らぎが大きくなった。
 そして亡霊たちは馬淵の方に向き直り、取り囲む輪を小さくしていった。馬淵に近づいているのだった。私たちはその輪から外れた。なおも亡霊たちは馬淵に近づいてゆく。

「なんだ。何をしようと言うんだ。感謝していると言っただろう。感謝されこそすれ、恨まれることなど何も」

 亡霊たちは身体が接する距離まで馬淵に近づいていた。
 亡霊の一人が手を伸ばし、馬淵の頭髪をつかみ、むしり取って口に入れた。
 別の亡霊は馬淵の目に手を突き刺し、つかみ取って口に入れた。
 ゾンビ映画のようなスプラッターな状況にはならなかった。
 亡霊たちにむしり取られた部分は、そこだけぽっかりと、何もない空間になった。
 そうか。
 と、私は気づいた。あの馬淵は本物じゃないから、生きた実物の人間じゃなくて生き霊だから、ああいう風になるんだ。
 以前に電脳空間で秋山が、黄泉から来た妖したちに食われたときのように、馬淵も亡霊たちに食われているんだ。
 やがて、亡霊たちに押しつぶされるように、馬淵の姿が消えた。すべて食い尽くされてしまったのだろう。
 亡霊たちがゆらゆらと身体を揺らす。
 みんな無表情だが、心なしか喜んでいるように見えた。

「やるね、榊さん」

 神代先生が言った。その横で、幻丞さんが小さく拍手しながら、「お見事です」と言った。
 あ。私ってば、がんばっちゃった?
 一瞬いい気分になったのだが、黒神由貴が顔を曇らせて、

「でも先生、ちょっとややこしいことに」

 と言った。
 え? と神代先生を見ると、先生はうなずいて言った。

「どうせこうなるだろうとは思ってたから。あいつらの目的は、そもそも私たちだったんだから」

 神代先生の視線の先を見ると、亡霊たちがいた。
 馬淵を取り囲んでいた亡霊たちは、今は全員、私たちの方を見て、ゆっくりと私たちに近づいてきていた。

 え? え? どういうこと? ラスボスは馬淵なんでしょ?


2.本当の敵

「先生、どういう意味ですか。あのオッサンをやっつけて、あの人たちは恨みを晴らしてスカッとしたんじゃないんですか」

 私は言った。

「確かにそうなんだけどね」

 神代先生に代わって、黒神由貴が私の疑問に答えた。

「スカッとするというか、馬淵会長のバイタリティを自分たちのものにしようとしたのね。だから、馬淵会長を、食べた」

「じゃあそれで気が済んだんじゃ」

「……あの人たち、自信持っちゃったのね。自分たちにもできるんだって」

「なんでそんな自信が……って、もしかして、私?」

 言ってる途中で気づいて自分を指さした私を見て、黒神由貴はこっくりとうなずいた。

「じゃ、じゃあ、もう気が済んだでしょってことで、あちらの世界に戻ってもらえば……」

 おそるおそる私が言うと、今度は神代先生が言った。

「ところがそうはいかなくてねえ。あいつら、今度は私たちを食うつもりなのよ」

「食うって!」

「私たちを食って、その力を取り込んで、さらに力を付けるつもりなのよ」

「だって、だって」

 突然の危機的状況に、私はパニクりかけていた。さっきよりも、亡霊たちとの距離が近くなっている。

「私たち、あの人たちのために来たのに」

「違うんだなあ、それが」

 神代先生はあっさりと否定した。

「あいつらは、元々そのつもりだったの。覚えてるでしょ? あなたたちも何か事故か自殺かを目撃したんでしょ? 『慈光電機の廃工場には行くな』って言われたんでしょ?」

「はい。……ええっ? じゃああの事故って、あの人たちが」

「そう。私たちを招き寄せるために、なんの関係もない人を、あいつらが殺したの。あいつらは、そういうやつなの。気の毒な、哀れな亡霊というわけじゃないのよ」

「……もしかして、知らなかったの、私だけ?」

 小声で黒神由貴に訊くと、黒神由貴はもうしわけなさそうにうなずいた。

「皆さん、お話はまた後ほど。そろそろのんびり話せる状況ではなくなってきました」

 亡霊たちに顔を向けたままで、幻丞さんが言った。右手には独鈷杵を構えている。
 いつの間にか、さっきの馬淵のように、私たちは亡霊に取り囲まれていた。
 神代先生も独鈷杵を構えなおす。
 黒神由貴も草薙の剣を構えなおした。

「黒神さん。榊さんには何か身を護るものを持たせてるの?」

「護符を」

「この状況じゃ頼りないかな。榊さんの援護はお願いするわ。あいつらは私と幻丞で始末する」

 黒神由貴、神代先生、幻丞さん、三人が私を中心にして外向きに立ち、亡霊たちと向かい合った。
 私たちを取り囲む亡霊の中に、頭髪がなく、顔から上半身が血まみれで、右腕の肘から先がない女性がいた。

 あ、と思った。
 あの人、酒井美佳が持ってきた資料にあった女性だ。悲惨な事故で、自殺した。

「……あたしたち、もっと強くなりたいのよ。あんな男に死ぬまでこき使われて、負け組のままなんて、うんざりなの」

 血まみれの女性は言った。

「だから、あなたたちの力をちょうだい? あなたたちの力があれば、あたしたちはもっと強くなれるの。誰にも負けなくなるの。だから」

 血まみれの女性はニッタリと笑った。笑った口元から真っ赤な血があふれる。

「だから、あなたたちも、食べさせて」

 血まみれの女性がそういうと、周りの亡霊たちがいっせいに距離を縮めてきた。

「はあっ!」

 神代先生と幻丞さんが、同時に声を上げ、独鈷杵を突き出した。突き出した方向にいた亡霊が、血と肉片をまき散らしてバラバラになって、消えた。

「とおおっ!」

 気合いとともに黒神由貴が草薙の剣を振り下ろし、間髪を入れず斜めに切り上げた。正面にいた亡霊が縦真っ二つになり、その横にいた別の亡霊が脇腹から肩まで分断された。
 そのまま黒神由貴は草薙の剣をバットのように持ち、水平にフルスイングした。3体ほどの亡霊が腰のあたりで上下に分断された。
 神代先生と幻丞さんは、独鈷杵を持った右手と、左手それぞれを別の亡霊に向けて気合いを放ち、2体ずつ消滅させていた。
 黒神由貴が草薙の剣を構えなおそうと、一瞬、亡霊たちから目をそらした。
 それを狙っていたのか、黒神由貴の死角にいた1体の亡霊が、黒神由貴を襲おうとした。
 黒神由貴にそれを知らせる時間はなかった。

「くろかみっ!」

 私は叫んで、両手のてのひらをそろえ、亡霊に向けた。
 電気のスパークのような白い光がてのひらから発し、直撃を受けた亡霊がはじけて、消滅した。
 同時に私は、激しい目まいと脱力感に襲われ、その場にへたり込んだ。

「真理子っ!」
「榊さんっ!」

 私の異常事態に気づき、黒神由貴と神代先生が振り返って叫んだ。だが、黒神由貴も神代先生も幻丞さんも、目の前にいる亡霊の数が多すぎて、すぐに対応出来ないでいた。
 亡霊が私に向かってくるのが、ぼんやりとわかった。でも、身体に力が入らなくて、立ち上がれない。

「ギャアッ」

 鋭い鳴き声がした。聞き覚えのある声だった。
 どこで聞いたんだっけ、と考える間もなく、私の身体をかすめるようにして黒い物体が通り過ぎ、亡霊にぶつかった。亡霊の胴体の真ん中に大きな穴が開き、一瞬後に亡霊は粉々になって飛び散った。
 黒い物体は空中でUターンして戻ってきて、別の亡霊の胴体をぶち抜いて、私のそばに舞い降りた。

 カラス。足が3本ある、この世のものではない生き物。
 八咫烏のヤタちゃんだった。

 ヤタちゃんは羽を大きく広げて、「ギャアッ」と叫んで、亡霊を威嚇した。亡霊たちがたじろぐ。

「援軍到来ですか」

 幻丞さんが言った。

「お嬢。そろそろ一気に片を付けませんか。元を断たないと、きりがありませんよ」

「私もそう思ってたとこ。黒神さん。一気に行こうか。せーので」

「わかりました。あの女性に集中すればいいですね」

「それでいけると思う。じゃ」

 そう言うと、神代先生と幻丞さんは左手の指を縦横に振りながら、何か唱え始めた。黒神由貴も、神代先生たちとは違うことを唱え始めた。

「……陣・裂・在・前」
「……もろもろまがごとつみけがれ……」

「はああっ!」

 黒神由貴、神代先生、幻丞さん、三人そろって、血まみれの女性に向かって剣と独鈷杵を突き出した。一瞬遅れてヤタちゃんも鋭い叫び声を上げた。

 血まみれの女性や、そのそばにいた亡霊たちが、何かに吹き飛ばされたように身体が浮いたかと思うと、バラバラの肉片になって、飛び散った。細かい破片が周囲の柱にへばりつく。
 少し離れていて黒神由貴たちの攻撃の直撃を受けなかった亡霊たちも、全身がぐずぐずと崩れ、細切れ肉になって床に盛り上がった。
 飛び散った肉片や、床の細切れ肉は、見る間に薄れていき、消えていった。元々実体ではなかったのだろう。

「……やったか……」

 あたりを見回して、神代先生がつぶやいた。

「榊さん。大丈夫ですか。あなた、さっき、いったい何をやったんですか」

 幻丞さんが私を立たせてくれながら、言った。

「幻丞さん。それはあとで説明します。とりあえず外に出ましょう」

 黒神由貴が言った。

「それがいい」

 神代先生もうなずいて言った。



 慈光電機・廃工場を出て、幻丞さんのベンツSクラスに乗せてもらい、通りにあったファミレスに入った。
 廃工場内でやった事で私はヘロヘロ状態だったが、温かいココアを飲んで、やっと気分がよくなった。

「電脳空間? そんなことがあったんですか。しかし、それは『黄泉への扉』とやらの異空間内だけのことだったのではないのですか」

 以前の「黄泉への扉」の出来事を黒神由貴から聞いて、幻丞さんが目を見はった。

「そのはずなんですが、なぜか現実の世界でもできるようです。私自身、その方法で命拾いしたことがありました」

参照:いかにして黒神由貴は寝込むにいたったか

「それと、榊さんを護ったあの八咫烏はなんなんです?」

 続いて幻丞さんが訊いた。

「それは」

 と、これも黒神由貴が、私が殺人犯の怨霊につけ狙われたときの出来事を説明する。

参照:狙われているのは誰

「驚きましたね。榊さん、いつの間にそんなすごいことに」

 驚きと感心と呆れが入り交じった表情で、幻丞さんが言った。

「あのさあ」

 中ジョッキの生ビールをゴッキュゴッキュと二口ほど豪快に飲んで、それまで黙って話を聞いていた神代先生が口を開いた。車の運転は幻丞さんにまかせているので、飲酒OKなのだ。

「気安く言ってるけど、一歩間違えたら命の危険があったのはわかってるよね? それ、生命力をバケツで汲んでぶちまけてるようなもんじゃないの」

「わかってます」

 さすがに身を縮めて、黒神由貴が言った。

「いやまあ、黒神さんはいいのよ。よくないけど。榊さん、あなた死にたいの?」

「まさか私もあんなことができるなんて思わなくて。思わず夢中で」

「……まあいいわ」

 処置なし、とでも言いたげにうつむいて頭を左右に振り、神代先生は言った。

「黒神さん、今度、黒のばあさんにきつく言ってもらえない? 私が何を言ってもダメっぽいし」

 黒のばあさんって、黒神由貴のお祖母様のことか? いやいやいやいや、それは勘弁して!

「わかりました」

 って、黒神由貴も了承するなよ! きつく言われるのは私なんだから!
 ……まあ、それはそれとして。

「先生、馬淵会長はどうなったんですか? 死んだんですか?」

 私はさっきから疑問に思っていたことを訊いた。
 神代先生は首を少しかしげて、

「たぶん……死んではいないと思う」

「たぶん……」

「死んではいないだろうけど……」


エピローグ

 都議選候補の一人だった馬淵会長は立候補を取りやめた。体調不調のためとニュースでは言っていたが、そうではないだろうと、私は思っている。
 あのとき、ファミレスで神代先生は言ったのだ。

「あいつも亡霊どもに呼ばれたクチ。生き霊となって呼ばれて、亡霊たちに食われた。食われたと言っても生き霊になった、魂だけがね。どういうことかわかる?」

 そう訊かれて、あ、と私は思った。
 肉体と精神、ペアであるべきものの一つがなくなってしまったのだ。
 死んではいないだろうけど、生きているだけ、という状態なのだろう。

 慈光電機・廃工場は、今のところ、まだ取り壊されもせず、あのままになっている。
 心霊スポットとしての知名度はまだ高いようだが、「行ってみたけど何もなかった」という探検記もポツポツとネット上に出始めている。いずれは最恐心霊スポットの地位を明け渡すことになるかも知れない。

 あのとき、私は本当に電脳空間のときみたいに「掌底雷波」をぶっ放したのだろうか。
 退屈な授業のときに、ふと自分のてのひらを見つめて考える。教壇に立つ教師に向かって「えい」と言っててのひらを向けても、何も出ない。
 八咫烏のヤタちゃんは、慈光電機・廃工場を出るときには姿が見えなくなっていた。
 また何かあったら助けてくれるのだろうか。

 そんなことをうだうだと考えていたある日。

「真理子、まだ神代先生にむくれてるの?」

 黒神由貴がそんなことを言ってきた。

「だってさあ。あんな言い方しなくたっていいじゃん。やりたくてやったわけじゃないし、くろかみが危なかったんだからさあ」

「先生だってわかってるわよ。真理子が心配で言ってんのよ」

 黒神由貴はそう言って笑った。そして、続けて言った。

「でね、お祖母様がね、来週の夜に黒神神社に来ないかって」

 うわああああああ。呼び出しを食らったあ!


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