黒神由貴シリーズ

願いがかなうアクセ 3


7.ビデオテープ解析

 黒神由貴と神代冴子は、東央テレビの編集室にいた。
 チーフプロデューサーの久慈を訪ねると、ここに通されたのだ。久慈本人は、隣のライブラリーでビデオ素材を探している。
 ほどなくして久慈が編集室に入ってきた。
 40代半ばぐらい、小太りで、額がかなり後退している。
 手に文庫本よりも少々小さいサイズのビデオカセットを持っていた。

「あったあった。たぶんこの中にあると思う」

 言いながら操作卓の前に座り、スロットにカセットを挿入した。
 再生ボタンを押すと、ニュース画像がモニターに現れる。
 神代冴子は久慈の背後に立ち、少し前かがみになって、モニターを見つめた。

「この間の、大崎豊が倒れてたところでの事故だよね。なんか、女の子、死んじゃったらしいね、可哀想に。──で、どこから見る?」

「とりあえず、女の子が倒れるところあたりから」

「了解」

 久慈が操作卓のジョグダイヤルを回すと、その動きに会わせて、画面が早送りになった。

「ん。このあたりだな」

 リポーターが話しているフレームの外から叫び声が聞こえ、リポーターが声の方向に顔を向ける。
 カメラも声の方向にレンズを向ける。
 フレーム内に女の子の姿が入る。
 女の子は恐ろしい物を見て悲鳴を上げているように見えるが、その視線の先には、何もない。少なくとも、人をそれだけ恐怖させるような物は、女の子の視線の先には見当たらない。
 叫び声が突然途切れ、女の子がそのままの姿勢で、横に倒れる。
 かすかにけいれんしているように見える。

「こんなところだね。どう? 何かわかった?」

 久慈がポーズボタンを押し、画面を停めた。
 神代冴子は、むずかしい顔をしている。

「女の子が叫び出す前を見てみたいけど、無理みたいね」

「んー。フレームの外だからねえ。悲鳴が聞こえて、カメラマンがそっちにレンズを向けたから」

「もう少し先まで見せて」

「あいよ」

 久慈が再びスタートさせても、画面は数秒間そのままであった。
 テープは動いている。
 あまりのことに、周辺にいた誰もが身動きできないでいたのだった。
 上下左右に揺れる画面がカメラマンの動揺を物語っていた。
 やがて数人の男性が女の子のそばに駆け寄り、身体を抱き起こした。

「ただいま、ファンの女性が失神したようです。大崎さんが倒れていた場所に来たことで、感極まったのでしょうか。まだ倒れたままのようですが、容態が心配されます。とりあえずスタジオにお返しします」

 リポーターの声に重なって、「救急車を呼べ」などという声も聞こえる。
 わあわあという声が大きくなって、プツッと画像が消え、モニターが真っ暗になった。

「テープはここで終わってるね」

 久慈は身体をねじり、背後に立つ神代冴子を見た。

「これ、スロー再生とかコマ送りはできるわよね?」

「もちろん」

「じゃ、女の子が倒れたところから、もう一度再生して」

「あいよ」

 再びジョグダイヤルを操作し、叫び声が途絶えたところまで巻き戻す。
 固まったようになっていた女の子が、横倒しに倒れた。

「スローにして」

 先ほどと同様、やがて女の子のそばに男性がゆっくりと駆け寄ってゆく。
 女の子が男性に取り囲まれ──

「停めて」

 神代冴子は言って、ポーズ状態の画面を指さした。

「ここ。なんだと思う、黒神さん」

 介抱される女の子のそば、フレームの外から細い手が伸びて、地面から何かを拾い上げている。

「何かを拾い上げてるように見えますね」

 黒神由貴は、すなおに見えたままを口にした。

「あれ、何を拾ってるか、クローズアップできる?」

 神代冴子が言うと、久慈はうなずいた。

「できるよ。この画像を取り込んで、処理すれば。そっちのモニターに出るから、見ててよ」

 久慈が指さした別のモニターに、ニュース画像よりも少しクローズアップされた腕が映し出された。

「女性っぽいですね」

 黒神由貴が言った。
 顔や身体はフレームの外に出ているので、女性らしいということしかわからない。

「何を拾っているかわかるぐらいまでアップできる?」

 神代冴子が言った。

「やってみるけど、ちょっとむずかしいかもよ」

 久慈が答えて、ボタンを叩いた。
 ボタンを叩くたびに、画面が少しずつクローズアップされてゆく。
 数回叩いて、久慈は手を止めた。

「このぐらいまでだろーね。これ以上やっても、逆に解像度が悪くなるだけだ」

 画面の中の手は、親指の先ぐらいの大きさの物をつまんでいた。
 色は褐色。

「……あれは何? チャーム? 根付け? 何かの種?」

 画面を凝視して、久慈が言った。

「みたまむしり……」
「マオタイギ……」

 黒神由貴と神代冴子が、同時につぶやいた。
 そして、顔を見合わせる。

「ちなみに黒神さん、それ、どういう字を書く?」

「魂の『御霊(みたま)』……それを『毟る』って書きます。先生の方は?」

「猫、胎児の胎、鬼、よ。『マオタイギ』というのは、中国読み。高野では『魂呑鬼(こんどんき)』って言ってるな」

「魂を呑む、ですか……。ストレートな表現ですね。言い方は違うけど、同じもののようですね」

「ドラキュラとバンパイアみたいなもんでしょね。──最近若い子の変死が続いているからもしかしてと思ってたんだけど」

 神代冴子は腕を組んで、ふうと息をついた。

「……やっかいなものが出てきたわね」

「……ですね」

 黒神由貴が同意する。
 事情がわからない久慈は、のほほんとした顔で黒神由貴と神代冴子の顔を交互に見る。

「ね。なんなの、あれ? 何か訳ありの品?」

「あんたは黙ってて」

 ぴしゃりと言うと、神代冴子はビデオテープを取り出し、自分のショルダーバッグに放り込んだ。
 それを見た久慈は、うろたえた声で言った。

「サエちゃんサエちゃん。何するのさ」

「処分するのよ。こんな物が残っていると、ろくなことがないんでね」

「勘弁してよー。それマスターなんだぜ。ダビングもしてないんだから、返してよー」

 神代冴子は久慈のはげ上がった額をパシッとひっぱたくと、殺気を含んだ目でにらみつけた。

「……久慈ちゃん。インプラントの歯を増やしたい?」

 久慈は血の気の引いた顔をプルプルと左右に振った。

「いい子ね。命が惜しかったら、このことベラベラ話すんじゃないわよ。──じゃ黒神さん、とりあえず出ましょうか。これからどうするか、考えないと」


8.カラオケルームへ

 東央テレビ正面玄関。
 神代冴子は思案顔であった。

「……相手はわかったものの、なんとかして見つける手段はないかしらねえ。いざ探すとなると、むずかしいしねえ。また誰かが死ぬのを待つわけにも行かないし」

「──とりあえず、真理子に連絡しておきます」

「あ、何かわかったら教えろって言ってたっけ。……あまり細かいことまで言わないようにね。深入りされるとまずいし」

 神代冴子の言葉にうなずきながら、黒神由貴は携帯を操作した。

「あ、私。うん。神代先生も一緒。だいたいわかった。これからどうするか、先生と相談しているところ。……え?」

 黒神由貴は困惑した顔で神代冴子を見た。

「……なんかわけわかんないこと言ってます。──ちょっと。願いがかなうアクセで儀式って、なんなのそれ」

 神代冴子も、横で聞きながら眉をしかめ、首をかしげた。

「『会いたい人に会える』って……誰に会うって言うのよ。──おおさきゆたか? って、あの大崎豊? ちょっと真理子、あなた何を言ってるのよ!」

 珍しいことに、黒神由貴の声がうわずっていた。

「ちょっと待って! まだ切らないで! それ、どこでやるの? 新宿のカラオケルーム? あの、それで、それ、いったい、あ」

 携帯を耳から離した黒神由貴の顔色が、青ざめていた。

「……切れちゃいました」

「……あまり考えたくない可能性だけど、魂呑鬼の次のターゲットは榊さんってことなのかしらね」

 神代冴子が険しい顔で言う。

「で、榊さん、どこにいるって?」

「新宿の、『歌声パラダイス』ってカラオケルームって言ってました」

「あれこれ考えてる場合じゃないわね。行きましょ」

 神代冴子はタクシーを探した。



「『願いがかなうアクセ』ですって? なんとまあアナクロな」

 タクシーの中で黒神由貴から説明を聞いて、神代冴子が言った。

「若い女の子のオカルト嗜好はやっかいですから。タチの悪い振り込め詐欺みたいなものです」

「振り込め詐欺はともかく、こっちの方は引っかかる側が悪いとは一概に言えないだけにつらいわな」

「御霊毟り、真理子と一緒にいると思います?」

「たぶんね。榊さんが魂呑鬼に引っかかるとは思えないけどね。誰かと一緒にいる感じだったのね?」

「はい。誰と一緒なのかはちょっと」

「……なんか変だな」

 神代冴子は眉根を寄せた。

「ねえ黒神さん。あなたが知ってる範囲でいいんだけど、『御霊毟り』って、もの? それとも人?」

「……私が聞いたことがあるのは、『呪物』です」

「私もそうよ。『呪いのホープダイヤモンド』みたいなものだと思ってた。それを所持していると魂を奪われるというようなね。……でも、なんか違うでしょ」

「何かの意思が動いてる」

「そう」

 神代冴子はうなずいた。

「でも、ひょっとしたらもう少しタチが悪い状態かもしれない」

「というと……」

「『魂呑鬼』自身が意思を持って、獲物を狩っている」

 黒神由貴がため息をついた。

「ちょっとやっかいなことになるかなー。これだけじゃ心許ないかも」

 言いながら、神代冴子はショルダーバッグから何かを取り出した。
 くるくると、バトントワリングのように指先で回転させる。

「新しい独鈷杵できたんですか」

 それに目をやった黒神由貴が言う。

「……普通の独鈷杵よりも、尖ってません?」

「特注ついでに、武器としての属性も強くしたのよ。もともと独鈷杵の起源は武器だったわけだし。高くついたわ」

 独鈷杵を新調することになった経緯を思い出したのか、神代冴子は黒神由貴をちょっとにらんだが、黒神由貴はすまし顔だ。

 タクシーが新宿に到着した。

「榊さん、新宿のどこだって?」

 新宿駅新南口に立ち、神代冴子は言った。

「アルタ前で待ち合わせるって言ってました。だから、たぶんその周辺のカラオケルームだと」

「アルタ近くの『歌声パラダイス』って店か。よし。行きましょ」

 二人はアルタへ走った。



「ちょっと前に高校生のグループが来たでしょ。どのブース?」

 突然飛び込んできてまくし立てる神代冴子の剣幕に、カラオケルーム「歌声パラダイス」のバイト店員は身をすくませた。

「えとあの。みんな私服なんでよくわからないんですけど、今いるお客さんは、みんなそれぐらいの人で」

「もういいっ! 勝手に探すっ!」

 言い捨てると、神代冴子は奥のブースエリアに走った。黒神由貴もそれに続く。
 ブースのドアにはガラス窓がある。
 二人はそこから中をのぞき、榊真理子の顔を探していった。

「いた?」

「いません!」

「ここも違うかっ、ちっ、こんなところで乳繰りあってんじゃないわよっ!」

 黒神由貴が、最奥のブースをのぞいた。
 ブースの中央で若い女性客が5人、床に座って、手をつないでいた。
 その中の、ドアに背を向けて座っている後ろ姿に、見覚えがあった。
 榊真理子に間違いないと黒神由貴は判断した。

「いましたっ!」

 黒神由貴はドアの取っ手に手をかけた。
 開かない。
 鍵がかけられている。

「真理子っ! 私よっ! ここを開けてっ!」

 黒神由貴は中に呼びかけた。
 ブースの中にいた少女たちが、ドアの外に立つ黒神由貴に気づいた。
 気づくと同時に、彼女たちの顔が恐怖に歪んだ。
 窓からのぞく黒神由貴を指さし、絶叫する。
 ドアに背を向けていた榊真理子も振り向いてドアの外を見た。
 他の少女たちと同じように、恐怖に顔を引きつらせる。
 神代冴子もやってきて、窓をのぞいた。
 少女たちの絶叫がさらに大きくなった。

「真理子っ! そこにいちゃ危険なのっ! は・や・く・ここを開けてっ!」

 少女たちと一緒に顔をこわばらせていた榊真理子が、いぶかしげな表情になった。

「くろかみ……?」

 声は聞こえないが、唇がそう動いた。
 ドアに歩み寄ろうとするのを、他の少女たちが押しとどめる。
 榊真理子が、ドアを指さして、何か言い返す。
 同様に、他の少女たちもドアを指さして叫ぶ。
 榊真理子が少女たちの手をふりほどいて、ドアに駆け寄った。
 ロックを解除する。

「榊さん、そこをどいてっ!」

 神代冴子が叫び、ドアを蹴り開けた。
 黒神由貴と神代冴子は、ブースに飛び込んでいった。



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