黒神由貴シリーズ

願いがかなうアクセ 4


9.カラオケルームの儀式

 待ち合わせ場所──新宿アルタ前に着くと、大坪ミキとその仲間たち──つまり、あのときの三人組──はすでに到着していた。
 私の顔を見て、大坪ミキの連れたちは「あれっ」という顔をした。
 大坪ミキが、連れたちにうなずきながら、「いいの」と言う。

「あの子はまだ?」

 私が訊くと、大坪ミキはあたりを見回しながら、「まだ」と言った。

「お待たせ。みんなそろったみたいね」

 いきなり背後から声をかけられて、その場の全員が飛び上がった。
 振り向くと、あの女の子が私たちのすぐそばに立っていた。
 みんな、あちらこちらの方向を見ていたのに、誰も気づかなかった。

「あ。……ああ。じゃ、行こうか。すぐ近くの、『歌声パラダイス』ってカラオケルームだから」

 大坪ミキが言って、みんなが動きかけた。
 ふと私は、この女の子の名をまだ知らないことに気づいて、訊いた。

「あの、ごめんなさい。あなた、名前はなんて言うの?」

 女の子が振り向き、自身の顔を指さして、「あたし?」というジェスチャーをした。

「マオ」

 女の子は言った。

「マオタイギって言うの。中国生まれなの」

 そう言って、女の子──マオタイギはニコッと笑った。

「中国生まれなんだー」

 大坪ミキの連れたちが「へえー」という顔で言った。

「じゃ行こうか」

 大坪ミキが言ったとき、私の携帯が鳴った。黒神由貴からだった。

「ごめん」

 そう言って、応答する。

「くろかみ? 神代先生も一緒? なんかわかった? うん。うん。……そう。こっちはね、今から『願いがかなうアクセ』というのを使って、儀式をすることになったの」

 こんな説明じゃワケワカメだろうなと思いつつ、私は言った。

「いや、私もよくわからないんだけど、それを使うと、『会いたい人に会える』んだって。ん? 誰に会うかって? それがね、大崎豊なのよ」

 私が長々と話しているのでいらついたのか、大坪ミキが「早く切れ」という動作をし、私はうなずいた。

「じゃ、もう行かないとだめなんで、切るね。──ん? 何?」

 電話の向こうで、黒神由貴はなぜか妙にあせっているようだった。

「新宿のカラオケルーム『歌声パラダイス』、アルタの近く。じゃ」

 大坪ミキたちやマオタイギは、もう歩きかけていた。
 携帯を切り、私もあとを追った。



 もっとも奥のブースに入り、それぞれが注文した飲み物や軽食類が届くと、マオタイギはドアをロックした。

「邪魔が入ると、パーになっちゃうからね。それと」

 マオタイギは私たちの顔を順に見ながら、

「携帯の電源も切っておいて。マナーモードもだめよ。みんなが集中しないとだめだからね」

 そう言った。
 有無を言わせぬ感じで、私たちはすなおにしたがった。

「じゃあ始めるね。このテーブルを動かしてくれる?」

 マオタイギの指示に従い、私たちは黙々とテーブルを移動させた。
 10畳ぐらいの広さのブース中央に、全員が輪になって座れる程度のスペースができた。

「みんな、ここに座ってくれる?」

 マオタイギの言葉に従い、私たちは輪になって座った。そうしろと言われたわけではなかったが、みんなが正座していた。そうしなければいけないような雰囲気があったのだ。

 最後に輪に入ったマオタイギが、ポケットから何かを取り出し、みんなが座っている輪の中央に置いた。──「願いがかなうアクセ」だ。
 私は少し眉をひそめた。
 さっき見たときはよくわからなかったが、今、目の前でよく見ると、アクセというには奇妙だった。
 大きさと色は梅干しの種のようだが、何か、生き物が乾燥したもののように見える。形は全然違うが、海辺の観光地で売っている「タツノオトシゴ」の剥製に似ているような。──あ!
 そこまで考えて、もっとよく似ているものに、私は思い当たった。

 胎児標本。

 医学辞典か何かで見た、妊娠初期の胎児。
 あれにそっくりだ。
 あの胎児を剥製にしたら、きっとこんな風になるだろう。
 自分の想像に、一瞬吐き気をもよおした。


10.召喚

「これが、『願いがかなうアクセ』よ」

 マオタイギが言った。

「これに祈れば、会いたい人に会うことができる。ただし」

 マオタイギはみんなの顔を見回した。

「会えるのは、死んでしまった人だけ。死んでしまって、もう会うことができなくなってしまった人にだけ、会うことができるの」

「……たとえば大崎豊、とか?」

 大坪ミキが言うと、マオタイギはうなずいた。

「信じられないでしょうけどね。でも、とりあえず信じて。そして、私の言うとおりにやってみて。そうしたら、わかるから」

「別に誰も疑ってやしないわよ。いいから始めようよ」

 大坪ミキが言った。

「わかった。……でね、ちょっとだけ痛いことしないといけないんだけど」

 みんなの顔をうかがいながら、マオタイギが言った。

「すっごく痛いの?」

 ちょっとビビり顔で、大坪ミキが訊くと、マオタイギは首を横に振った。

「ほんの少しだけ。指の先を、ちょっと針で刺すだけ。少しだけ血が必要なのよ」

「……わかった。あたしがやる」

 儀式の主催者という立場からか、大坪ミキがいぶかしげな顔をしながらも、服に付けていたCANバッヂをはずした。

「安全ピンでもいいよね?」

 マオタイギがうなずいて、言った。

「針で刺して、血が出たら、アクセにかけて。一滴でいいから」

 大坪ミキが、左手の人差し指に、CANバッヂの針を突き刺した。

「つ……!」

 すぐに、指の先に玉のように血がふくれあがってきた。
 指先をアクセの上に持って行き、右手で人差し指をしごく。
 血が、ぽたりとアクセの上に落ちた。

「ひゃっ……」

 その場の全員が息を飲んだ。私もだ。
 血が垂らされたアクセが、動いたように見えたのだ。
 私も含めてみんな、目配せして周りの様子をうかがった。

「動いたよね?」「今、動いたよね?」

 みんなの目が、そう言っていた。
 マオタイギ一人、平然としている。

「じゃ、みんな手をつないで」

 マオタイギが言って、私たちは左右の子と手をつないだ。
 小さな「人間の輪」ができる。

「それじゃ、目を閉じて、大崎豊に会いたいって心の中で祈って。声に出さなくてもいい。心の中で本気で祈れば、願いがかなうから」

 もし会えるのなら、会わせて。

 私は、心の中でそう念じた。
 大坪ミキや他のメンバーほどには、本気ではなかった。

 目を閉じているのでよくわからなかったが、中央に置いたアクセから、何か気味の悪い雰囲気が漂ってくるのが感じられた。
 たき火を囲んでいて、そのたき火の炎がだんだん大きくなってくるような。
 いや、もっと気味悪いものだ。
 妖気とか邪気とか、黒神由貴や神代先生だったら、そんな表現をするような、何か。

 と、廊下の向こうの方から、何かあわただしく近づいてくる足音が聞こえた。
 ガチャ、と乱暴にドアを開けようとする音がした。
 ん? と私は薄目を開けた。
 向かいにいる子も、同様に目を開いていた。
 私の背後──ドアを見た。
 ドアを見たその子の顔が歪んだ。

「なんなの、あれ!」

 その子が叫んで、ドアを指さした。
 人間の輪が解け、全員がドアを見た。
 全員が、絶叫した。

 ドアの外に、化け物が立っていた。
 「形」は人間だ。それはわかる。
 だが、その顔はグズグズに崩れ、目鼻の位置も定かではなかった。
 粘液だろうか、顔がぬらぬらと光っている。
 ときおり、肉片らしき物が顔から落下する。
 ゾンビ。
 今まで見たどんなものすごいゾンビ映画よりも、すごい化け物だった。

「入ってこようとしてるよお!」

 誰かが叫んだ。

「入れちゃだめっ! 喰われるわよっ!」

 マオタイギが叫んだ。
 化け物がもう一体増え、みんなの絶叫がさらに大きくなった。
 化け物が、ぬらぬらした粘液をしたたらせながら、口を開いた。
 何か言っているようだった。

 ん……?

 化け物の顔が、一瞬、黒神由貴に見えた。
 横にいるもう一体の化け物は、神代先生に見えた。

「くろかみ……?」

 私は思わず立ち上がり、ドアに歩み寄った。
 私の腕を、大坪ミキやその仲間がつかんだ。

「何やってるのよ! 死にたいの!?」

「あれ、私の知り合いよ」

「何言ってるの! ドアを開けたら、あの化け物に襲われるわよっ!」

 マオタイギが叫んだ。

「あれはくろかみよっ!」

 私は叫び、腕をふりほどいて、ドアに駆け寄り、ロックを解除した。

「榊さん、そこをどいてっ!」

 神代先生の声がして、ドアが蹴り開けられた。
 神代先生と黒神由貴が、ブースに飛び込んできた。



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