9.カラオケルームの儀式
待ち合わせ場所──新宿アルタ前に着くと、大坪ミキとその仲間たち──つまり、あのときの三人組──はすでに到着していた。
私の顔を見て、大坪ミキの連れたちは「あれっ」という顔をした。
大坪ミキが、連れたちにうなずきながら、「いいの」と言う。
「あの子はまだ?」
私が訊くと、大坪ミキはあたりを見回しながら、「まだ」と言った。
「お待たせ。みんなそろったみたいね」
いきなり背後から声をかけられて、その場の全員が飛び上がった。
振り向くと、あの女の子が私たちのすぐそばに立っていた。
みんな、あちらこちらの方向を見ていたのに、誰も気づかなかった。
「あ。……ああ。じゃ、行こうか。すぐ近くの、『歌声パラダイス』ってカラオケルームだから」
大坪ミキが言って、みんなが動きかけた。
ふと私は、この女の子の名をまだ知らないことに気づいて、訊いた。
「あの、ごめんなさい。あなた、名前はなんて言うの?」
女の子が振り向き、自身の顔を指さして、「あたし?」というジェスチャーをした。
「マオ」
女の子は言った。
「マオタイギって言うの。中国生まれなの」
そう言って、女の子──マオタイギはニコッと笑った。
「中国生まれなんだー」
大坪ミキの連れたちが「へえー」という顔で言った。
「じゃ行こうか」
大坪ミキが言ったとき、私の携帯が鳴った。黒神由貴からだった。
「ごめん」
そう言って、応答する。
「くろかみ? 神代先生も一緒? なんかわかった? うん。うん。……そう。こっちはね、今から『願いがかなうアクセ』というのを使って、儀式をすることになったの」
こんな説明じゃワケワカメだろうなと思いつつ、私は言った。
「いや、私もよくわからないんだけど、それを使うと、『会いたい人に会える』んだって。ん? 誰に会うかって? それがね、大崎豊なのよ」
私が長々と話しているのでいらついたのか、大坪ミキが「早く切れ」という動作をし、私はうなずいた。
「じゃ、もう行かないとだめなんで、切るね。──ん? 何?」
電話の向こうで、黒神由貴はなぜか妙にあせっているようだった。
「新宿のカラオケルーム『歌声パラダイス』、アルタの近く。じゃ」
大坪ミキたちやマオタイギは、もう歩きかけていた。
携帯を切り、私もあとを追った。
もっとも奥のブースに入り、それぞれが注文した飲み物や軽食類が届くと、マオタイギはドアをロックした。
「邪魔が入ると、パーになっちゃうからね。それと」
マオタイギは私たちの顔を順に見ながら、
「携帯の電源も切っておいて。マナーモードもだめよ。みんなが集中しないとだめだからね」
そう言った。
有無を言わせぬ感じで、私たちはすなおにしたがった。
「じゃあ始めるね。このテーブルを動かしてくれる?」
マオタイギの指示に従い、私たちは黙々とテーブルを移動させた。
10畳ぐらいの広さのブース中央に、全員が輪になって座れる程度のスペースができた。
「みんな、ここに座ってくれる?」
マオタイギの言葉に従い、私たちは輪になって座った。そうしろと言われたわけではなかったが、みんなが正座していた。そうしなければいけないような雰囲気があったのだ。
最後に輪に入ったマオタイギが、ポケットから何かを取り出し、みんなが座っている輪の中央に置いた。──「願いがかなうアクセ」だ。
私は少し眉をひそめた。
さっき見たときはよくわからなかったが、今、目の前でよく見ると、アクセというには奇妙だった。
大きさと色は梅干しの種のようだが、何か、生き物が乾燥したもののように見える。形は全然違うが、海辺の観光地で売っている「タツノオトシゴ」の剥製に似ているような。──あ!
そこまで考えて、もっとよく似ているものに、私は思い当たった。
胎児標本。
医学辞典か何かで見た、妊娠初期の胎児。
あれにそっくりだ。
あの胎児を剥製にしたら、きっとこんな風になるだろう。
自分の想像に、一瞬吐き気をもよおした。
10.召喚
「これが、『願いがかなうアクセ』よ」
マオタイギが言った。
「これに祈れば、会いたい人に会うことができる。ただし」
マオタイギはみんなの顔を見回した。
「会えるのは、死んでしまった人だけ。死んでしまって、もう会うことができなくなってしまった人にだけ、会うことができるの」
「……たとえば大崎豊、とか?」
大坪ミキが言うと、マオタイギはうなずいた。
「信じられないでしょうけどね。でも、とりあえず信じて。そして、私の言うとおりにやってみて。そうしたら、わかるから」
「別に誰も疑ってやしないわよ。いいから始めようよ」
大坪ミキが言った。
「わかった。……でね、ちょっとだけ痛いことしないといけないんだけど」
みんなの顔をうかがいながら、マオタイギが言った。
「すっごく痛いの?」
ちょっとビビり顔で、大坪ミキが訊くと、マオタイギは首を横に振った。
「ほんの少しだけ。指の先を、ちょっと針で刺すだけ。少しだけ血が必要なのよ」
「……わかった。あたしがやる」
儀式の主催者という立場からか、大坪ミキがいぶかしげな顔をしながらも、服に付けていたCANバッヂをはずした。
「安全ピンでもいいよね?」
マオタイギがうなずいて、言った。
「針で刺して、血が出たら、アクセにかけて。一滴でいいから」
大坪ミキが、左手の人差し指に、CANバッヂの針を突き刺した。
「つ……!」
すぐに、指の先に玉のように血がふくれあがってきた。
指先をアクセの上に持って行き、右手で人差し指をしごく。
血が、ぽたりとアクセの上に落ちた。
「ひゃっ……」
その場の全員が息を飲んだ。私もだ。
血が垂らされたアクセが、動いたように見えたのだ。
私も含めてみんな、目配せして周りの様子をうかがった。
「動いたよね?」「今、動いたよね?」
みんなの目が、そう言っていた。
マオタイギ一人、平然としている。
「じゃ、みんな手をつないで」
マオタイギが言って、私たちは左右の子と手をつないだ。
小さな「人間の輪」ができる。
「それじゃ、目を閉じて、大崎豊に会いたいって心の中で祈って。声に出さなくてもいい。心の中で本気で祈れば、願いがかなうから」
もし会えるのなら、会わせて。
私は、心の中でそう念じた。
大坪ミキや他のメンバーほどには、本気ではなかった。
目を閉じているのでよくわからなかったが、中央に置いたアクセから、何か気味の悪い雰囲気が漂ってくるのが感じられた。
たき火を囲んでいて、そのたき火の炎がだんだん大きくなってくるような。
いや、もっと気味悪いものだ。
妖気とか邪気とか、黒神由貴や神代先生だったら、そんな表現をするような、何か。
と、廊下の向こうの方から、何かあわただしく近づいてくる足音が聞こえた。
ガチャ、と乱暴にドアを開けようとする音がした。
ん? と私は薄目を開けた。
向かいにいる子も、同様に目を開いていた。
私の背後──ドアを見た。
ドアを見たその子の顔が歪んだ。
「なんなの、あれ!」
その子が叫んで、ドアを指さした。
人間の輪が解け、全員がドアを見た。
全員が、絶叫した。
ドアの外に、化け物が立っていた。
「形」は人間だ。それはわかる。
だが、その顔はグズグズに崩れ、目鼻の位置も定かではなかった。
粘液だろうか、顔がぬらぬらと光っている。
ときおり、肉片らしき物が顔から落下する。
ゾンビ。
今まで見たどんなものすごいゾンビ映画よりも、すごい化け物だった。
「入ってこようとしてるよお!」
誰かが叫んだ。
「入れちゃだめっ! 喰われるわよっ!」
マオタイギが叫んだ。
化け物がもう一体増え、みんなの絶叫がさらに大きくなった。
化け物が、ぬらぬらした粘液をしたたらせながら、口を開いた。
何か言っているようだった。
ん……?
化け物の顔が、一瞬、黒神由貴に見えた。
横にいるもう一体の化け物は、神代先生に見えた。
「くろかみ……?」
私は思わず立ち上がり、ドアに歩み寄った。
私の腕を、大坪ミキやその仲間がつかんだ。
「何やってるのよ! 死にたいの!?」
「あれ、私の知り合いよ」
「何言ってるの! ドアを開けたら、あの化け物に襲われるわよっ!」
マオタイギが叫んだ。
「あれはくろかみよっ!」
私は叫び、腕をふりほどいて、ドアに駆け寄り、ロックを解除した。
「榊さん、そこをどいてっ!」
神代先生の声がして、ドアが蹴り開けられた。
神代先生と黒神由貴が、ブースに飛び込んできた。