1.午後の地震
日曜日。ダイニングに母親と二人。
お昼を食べ終えて1時間ちょい、そろそろ冷蔵庫の中にある甘味堂のおまんじゅうが気になり始め、どちらが取りに行くか、お互いの心を探りはじめた頃、それが起こった。
一瞬、めまいか何かかと思った。
「……揺れてる?」
不安げな表情であたりを見回して、母親が言った。
「……みたい」
私も同じようにあたりを見回して答える。たぶん、私も不安げな表情になっていたと思う。
ゆらゆらと、ずいぶん長い間揺れたように感じたが、実際は十秒も揺れていなかっただろう。震度は、せいぜい1ちょいだったんじゃないか。
揺れが収まり、ほっと胸をなで下ろして、テレビを点けた。
適当にチャンネルを変えていると、地震速報のテロップを流している番組を見つけた。
「……このあたりは震度1だって。もっと揺れた気がしたのにね」
各地の震度を見ながら母親が言った。
地震は局地的な揺れで、規模もごく小さなものだったらしい。
震源地は埼玉の真ん中あたり、そこでも震度は3あるかないかだったらしい。都内はすべて震度1だった。
ざっと地震情報を確認し、私は自分の部屋へ向かった。
「真理子、どこ行くの?」
椅子から立ち上がった私を見とがめ、母親が言った。
「くろかみに電話しに」
「なんでまた」
振り返らずにダイニングを出たので、そう言ったときの母親の表情はわからなかったが、声のトーンで、呆れているのがわかった。ほっといて。
自分の部屋に入り、黒神由貴の携帯にかける。数コールで黒神が出た。
『真理子? どうしたの?』
「さっき地震があったでしょ。くろかみンち、最上階じゃん。けっこう揺れたんじゃないかと思ってさ」
ちょっと間をおいて、黒神由貴が応えた。
『……こっち、揺れてないよ』
「いやいやいや! それはないでしょ! 都内は震度1だったけど、揺れるのは揺れたでしょ! くろかみ、寝てたんじゃないの?」
黒神由貴の言葉が信じられず、私は矢継ぎ早に言った。
『……うちのマンション、免震構造だから、揺れがわからないの』
「……」
私は絶句した。
そうか。あのマンションは最上階二つを所有しているだけではなくて、そういうお金のかけ方もしているのか。
電話の向こうから、黒神由貴の息づかいが聞こえた。
じゃなくて。
黒神由貴は、かすかにクスクスと笑っていた。笑いをこらえているのだった。
「……くろかみ?」
電話の向こうで、黒神由貴が笑い声を上げた。
『うそうそ。ちゃんと揺れたよー』
「──なっ。おめ、だましたなー?」
『免震構造は本当だけどね』
がっくり。
地震の数日後、夕食後にリビングでテレビを見ていると、奇妙なニュースが流れた。
街の出来事的なトピックスといった風で、緊急性のあるニュースではなかった。
「続いて、ちょっと不思議なニュースです。埼玉県川越市今泉、国道254号線で、突然、道路が隆起しました。現在、隆起した側の車線を通行止めにして路面の補修を急いでいます」
男性キャスターが言い、画面にはアスファルト舗装された道路が盛り上がっている様子が映し出されていた。
その画面を見た私は、頭の中で首をかしげた。隆起──といって普通イメージするのは、地面の下から何かが持ち上がろうとしたとか、あるいは火山の昭和新山みたいに、粘土みたいに固い溶岩がむくむくと持ち上がろうとしているか、ぐらいだ。
でも、画面に映る「隆起」は、微妙に違うように思えた。なんと言うか、生クリームたっぷりのショートケーキの表面を指でつまもうとしたような。
それともう一つ、私はデジャヴュのような感覚を感じていた。
このニュースって、確か昨日も……
「陥没というのはたまに聞きますが、隆起するというのは珍しいですねぇ」
隣に座る女性キャスターが、しごくもっともな疑問を口にした。
「そうなんですねぇ」
男性キャスターが大仰にうなずく。
「北海道の昭和新山や長崎の普賢岳のように、火山帯が通っていればまだ理解もできるんですけどねぇ。──実は昨日も、同様のことが起きているんですね」
「ああ、ありましたね。それも国道254号線……でしたか?」
「ええ。同じ埼玉県の坂戸市、やはり国道254号線で、同様に隆起しているんですね。気象庁では、先日の、埼玉県を震源とする地震との関連を調査中とのことです」
やはりそうだった。私のデジャヴュではなく、昨日も似たようなことが起きていたのだ。
「ね。これって昨日もあったわよね?」
流し台で食器を洗いながら、母親が言った。
「だからテレビでそう言ってるじゃない」
私が憎まれ口を叩く。
「興味深い出来事だね。スカリー、君はどう思う?」
Xファイル大好き人間のおにいが、面白そうに言った。
確かに、モルダーなら興味を示しそうな出来事だ。
「モルダー。あなたが何を期待しているかわからないけれど、実際は水道管がどうかしたとか、そんなことが原因じゃないかしら? あなた疲れてるのよ」
私は言った。私も、Xファイルは嫌いではない。
2.大坪ミキからの電話
翌日。
夕食も食後のデザートも終わり、自分の部屋でだらだらとネットをさまよっていたとき、携帯が鳴った。
黒神由貴かと思ってディスプレイを見ると、これは懐かしい、大坪ミキからであった。
登録してはいたものの、一瞬誰かわからなかったぐらい久しぶりだ。
参考:「願いがかなうアクセ」
「おひさ。──珍しいわねー。どうしたの?」
『ごぶさた。今いい?』
「だいじょぶよ。どーぞー」
『……あの、さ。ちょっと頼みたいことがあって』
「どんなこと?」
『それが、その……。ちょっと変なことが、起きたというか、起こってるっていうか……』
大坪ミキは言いよどんだ。なんなんだ?
『あの、黒神さんってさ、不思議なことに強いんだよね?』
くろかみをご指名か。
「強いというか……それなりの知識はあるみたいね。どうしたの?」
これまでの黒神由貴との経験から、「それなりの知識」どころではないのはわかっているが、ここは軽く言っておくことにした。
『あの、ちょっと相談に乗ってほしいことがあってね。どうすればいいかと思って』
「あのー、どういう話かはわからないけど、神代先生も呼ぼうか?」
『それ、あのときカラオケBOXにいっしょに来た人?』
「そう。うちの学校の先生」
『やだ。あのオバサン怖いもん』
「っくしゅ!」
「どうしたの冴子さん。風邪?」
「わかった。とにかくくろかみに連絡取るから。……で、いつ頃が都合いいの?」
『あんたたちはまじめだから、サボれって言うわけにもいかないしさ。えっと、あさっては土曜日よね。その日はだめ?』
「ごめん。あさっては学校あるんだ」
『午前中で終わるよね?』
「うん」
『じゃ、それから会えない? 黒神さんも一緒に』
「オッケ。待ち合わせ場所は、またあとで打ち合わせるってことで」
『ありがと。黒神さんにもよろしく言っといて。じゃ』
あわただしく、電話でのやりとりは終わった。──が、結局、大坪ミキが私たちに何を頼もうとしているのかはわからないままだ。
何があったって言うんだろう?
で、土曜日。
授業を終えた私と黒神由貴は、大坪ミキとの待ち合わせ場所へ向かった。
あれから、待ち合わせ場所を決めるためにメールと電話を何度かやりとりしてわかったのだが、黒神由貴に相談に乗ってもらいたいのは、大坪ミキではなく、大坪ミキの彼氏なのだという。
あっそ。彼氏がいたのね。
待ち合わせ場所は、渋谷のハンバーガー・ショップになった。そこは駐車場が広く、車で来る大坪ミキと彼氏には都合がいいのだという。
交差点角にあるその店は、1階部分すべてが駐車スペースになっていて、2階が食事スペースになっている造りだった。歩道に面したところと、駐車スペースの奥に、それぞれ2階への階段がある。
店の前に大坪ミキが立っていて、私たちを見つけて手を振った。私たちも手を振り返しながら、大坪ミキのそばに立つ若い男性をすばやく品定めする。
「お久しぶり。えっと、いつかはどうもね。今日はわざわざありがと」
黒神由貴の手を握り、大坪ミキは言った。
まあ、命の恩人相手とは言え、この子も腰が低くなったもんだなあ。
服装も、いつかカラオケBOXに集まったときに比べると、ずいぶんとおとなしくなった。以前は服や身体のあちこちにアクセやCANバッヂを山ほど付けていたが、今日は小さなピアスと、胸元に下がる赤紫色をした可愛いペンダントだけだ。
「こちらこそ、ごぶさたで。あれから、大崎豊のアルバムもずいぶん増えたわ」
黒神由貴が、のんきに挨拶する。
「あの、それで、こっちが、マキノくん」
大坪ミキが言うと、リュックを背負った、二十歳をいくつか過ぎたぐらいに見えるその彼氏──マキノくんは、ぺこりと頭を下げた。
「槇野です。今日はどうもです。立ち話もなんだから、入りません? お昼はまだですよね? 食べながらでいいんで、話を聞いてもらえますか」
──案外まともっぽい人じゃん。
大坪ミキが聞いたら絶対に気を悪くしただろうが、私は内心でそう思っていた。
大坪ミキの彼氏だから、もっとこう──ワルというか不良というか、チンピラっぽい人間かと思っていたのだ。
今、目の前に立っている彼氏は、エリートとか優等生とか、そういう風ではないけれど、どちらかと言えば優しそうな雰囲気だ。オヤジ世代の人から見ればだらしない服装と映るかも知れないが、服装もごく普通の今どきの若者ファッションであった。
これはあとで大坪ミキから聞いたのだが、マキノくんとは、大崎豊の追悼フィルム・コンサートで知り合ったのだそうだ。
「可愛いペンダントね」
2階への階段を上りながら、私は大坪ミキのペンダントを指さして、言った。
「マキノくんからもらったんだ。可愛いでしょ♪」
大坪ミキがうれしそうに言った。
ペンダントヘッドは、これはたぶん、勾玉(まがたま)だ。丸い部分の直径が2センチ弱、全体の長さは4センチぐらいで、きれいな赤紫色をしている。
ルビーのような色合いだが、まさかそんなことはないだろう。このサイズでルビーだったら、いったいいくらするのだか。
失礼ながら、マキノくんはIT長者には見えないしな。
自然石なのだろうか。
店の奥まった場所に陣取り、私たちは向かい合った。
それぞれの前には、トレイに載ったハンバーガーや飲み物などがある。すべて、マキノくんが出した。ふとっぱら。
「……で、私たちに話というのは?」
本題に入ったのは、黒神由貴だった。
「えー……どこから話せばいいか……」
困ったような表情で、マキノくんは言った。
「──とりあえず、最初から話します」
3.彼氏の話
先週の日曜日、大坪ミキとマキノくんは、埼玉の川越までドライブした。取り立ててどこが目的地というわけではなかったという。
それでも、吉見町にある「吉見百穴」を見たりしたそうだ。
そして、道の駅のお食事処でお昼を食べて、ぶらぶらと車を流しているときに、人気のないさびれた神社を見つけた。
ここはどこの樹海かと思うほど木々が生い茂り、車がやっと1台通れる程度の未舗装の道を抜けると、広場と言うには狭いけれど、車を2台ほど並べられる程度の広さはある空間に出たという。
広場の片隅に奇妙な形をした鳥居があり、その向こう側が数メートルほど小高くなっていて、石を積んで作った石段の先に、小さな祠があった。
それで、そこが神社であるらしいとわかった。
「変な鳥居って、どんな鳥居ですか?」
黒神由貴が質問した。
「なんて言うか……鳥居を三つ組み合わせたような。高さは2メートルぐらいで、鳥居が組み合わさった中に、石が積み上げられてて」
マキノくんが、表現に苦労しつつ説明した。私にはその鳥居の形を想像できず、何がどう奇妙なのか、さっぱりわからなかったのだが、黒神由貴はその鳥居がどういうものか、すぐにわかったらしい。
「三柱鳥居……? 埼玉にもあったんだ……」
黒神由貴が言った。「みはしらとりい」って、なんだろ。初耳だ。
京都に現存する三柱鳥居
マキノくんは車をその鳥居の前に停めて、エンジンを切った。
ただでさえ車の往来が少ないエリアの、しかもさびれた神社の境内に入って……
「んで?」
私は言った。マキノくんは、言いにくそうにもじもじしている。
「……まわりがすっごく静かなんで、なんとなくいい雰囲気になっちゃってね、それで、その……」
マキノくんが言いにくそうにしているのを見て、大坪ミキが言った。
「あー、なるほど。そういうこと。キスとか?」
「えと。もうちょっと先まで……」
顔を赤くして大坪ミキが言い、私はあわてて、詮索するのをやめた。
「──あ、ごめん、わかった。もういいから。細かく説明しなくていいから」
私の横で、黒神由貴が私と大坪ミキの顔を交互に、不思議そうに見た。さびれた神社の境内で何があったかわかっていないのは、黒神由貴だけであった。
「あー、えっと。それはまあ、いいじゃん。それで?」
「……1時間ぐらいそこに車を停めてたんだけど、そのときに、ほら、地震があって」
「ああ! 先週の、あの。埼玉だったら、揺れたでしょ。震源地だったんだから」
「うん揺れた。あたしなんか、マキノくんにしがみついて、キャーキャーわめいて」
周りの木々が植木の花のように揺れ、葉や枝が、乗ってきたワゴンRのサンルーフから大量に室内に入ってきた。
揺れが収まったのを確認すると、マキノくんはエンジンをかけ、ダッシュでその場を去った。
高速道路は地震のために通行規制されていたので、渋滞する国道254号線をのろのろと走って帰ってきた。
「で、帰ってミキと別れてから気づいたんだけど」
神社でデートして、地震に遭遇して、話ってまさかそれだけじゃないだろなと思っていると、マキノくんはリュックからごそごそと何かを取り出し、テーブルの中央に置いた。
ゴトリと音を立てて置かれたそれは、音の感じからして金属製らしかったが、赤茶色をしてサビサビであった。
形は、なんというか……昔の刀剣、日本刀とかの片刃タイプではなく、両刃の「剣」タイプの剣、それを3本束ねたような形状をしていた。なのに、持ち手部分は一つであった。長さは、刃の先端から持ち手の端まで、30センチぐらい。「剣」というには、ずいぶんと小さなサイズだ。
これと似たようなのを、どこかの本で見た覚えがある。神秘系の本だったように思う。確か名前は……
「天の逆鉾(あまのさかほこ)……?」
黒神由貴がぽつりと言った。
そう、それだ。天の逆鉾。
でもそれって、九州のどこかの山のてっぺんに突き刺さっているんじゃなかったっけ? それに、そこの天の逆鉾は、もっと大きかったはずだ。
「これが、車の中に転がっていて。……たぶん、地震のときに、どこかから転げて、サンルーフから入ったんだと思うけど……」
「で、これが何か……?」
黒神由貴が訊くと、マキノくんは一瞬、目を伏せてその剣を目をやった。言っていいものかどうか、ためらっている風であったが、やがて意を決したように顔を上げた。
「今、国道254号線で、変な事故が起きているだろ」
「ああ。地面が突然盛り上がるって、あれね。あれが?」
「あれは、こいつの──」
と、テーブルの上の剣を見つめ、
「こいつを追っかけてきているんじゃないかと思って」
私も黒神由貴も、言葉を失った。いや、黒神由貴は実際のところマキノくんの言葉をどう受け取っているのかわからないが、少なくとも私にはなんのこっちゃ理解不能だった。
が、マキノくんと大坪ミキはまじめな顔だった。
「えっと……追っかけてきてるって、あの、何が」
私は、恐る恐る訊いた。
「御神渡り」
ぽつんと、マキノくんは言った。おみわたり?
「御神渡りが、この剣を取り戻すために、俺たちを追っかけてきているんだと思う」
御神渡り
4.御神渡り(おみわたり)
「あの、御神渡り、……って?」
私が訊き、続いて黒神由貴が口を開いた。
「御神渡りって、長野県の諏訪湖とか北海道の屈斜路湖で起きる自然現象のことじゃないんですか?」
黒神由貴が訊くと、マキノくんはうなずいた。
「俺、実家が下諏訪でね。諏訪湖の御神渡りは、よく見物に行ったんだよ。だからよく知ってる。場所も季節も全然違うけど、あれはまるっきり御神渡りと同じだ」
「でも、どうしてそれが、あなたたちを追いかけてきてるとわかるんですか?」
黒神由貴が言った。もっともな疑問だ。
「俺たちが地震に驚いて都内に戻ったルートそのまま、あの事故が起きてるんだよ」
「でも、諏訪湖の御神渡りは、そもそも神事のことを指すはずでは? マキノさんの話を聞いていると、現象というよりも、何かその、具体的なものみたいですけど」
「一般的には、確かに神事なんだ。神様が、凍り付いた諏訪湖を渡ったあとが御神渡りと言われてる。ただ、俺の実家周辺では、諏訪湖の上を渡るものそのものも御神渡りと言ってるんだ」
「その言い方ですと、湖を渡るのは神様ではないように聞こえますけど」
「神様は神様なんだけど、もう少し怖い感じに思われてる。──だから、絶対に御神渡りが渡っているところを見てはいけないって言われてて」
マキノくんの話を聞いていた黒神由貴は、テーブルに置かれた天の逆鉾にちらりと目をやり、言った。
「──それで、この剣をどうしようと? それと、私たちは何をすればいいのでしょうか?」
「えっと……」
マキノくんは一瞬ためらったが、言葉を続けた。
「この剣を、もとあった神社に返した方がいいだろうと思って、それで、ミキに聞いたら、あんたたちがその、そういうことに強いって言うんで、手伝ってもらえないかと」
「それはちょっと、できかねます」
マキノくんの言葉の途中で、黒神由貴が言った。
「え」
「ちょっと、別にあんたたちだけで行ってくれってわけじゃない、つきあってくれって言ってるだけじゃない」
よもや、にべもなく断られるとは思っていなかったのか、マキノくんは絶句し、大坪ミキはあわてて言った。
「こういうことって、基本的には持ち去った本人が行かないと意味がないの。だから、私たちは行けません」
「でも、もうこれを追っかけてるやつが、すぐ近くまで来てるんだから!」
「だったらなおのこと。早く返しに行った方がいいと思う。返すのに、面倒な手続きなんていらないから。もとあった場所に置いてくればいいだけだから」
けして冷たい口調ではなかったが、黒神由貴は首を縦に振ろうとはしなかった。
さてさて、どうしたものかなと思いつつ、私はふと、窓の外に目をやった。
窓から見下ろした交差点に、車が数台止まっていた。信号待ちではなく、いびつな円を描いているように止まっている。車が描くいびつな円の中心が、盛り上がっていた。車から出てきたドライバーたちが、その盛り上がりを指さして口々に何か言っている。
──あれって、どこかで見たような……
首をかしげながらそれを見ていると、そこから2、3メートルほど離れたところが、急に盛り上がった。ドライバーたちが「うおっ」と叫ぶ声が2階のここに、ガラス越しでも聞こえた。
それからすぐに、今度は私たちが今いる店がある角の歩道が盛り上がった。どこかで見たような気がすると思ったら、何日か前にテレビのニュースで見た国道の隆起、あの映像とそっくりだったのだ。
──ちょ。これってもしかして……
なんとなくいやな予感がして、私は首を伸ばして、歩道から2階へ上がる階段を見た。
自動車事故のような音を立てて、階段と手すりがひしゃげた。
私のいやな予感は的中したようだ。
あの「盛り上がり」は、この店に近づいている。
「あの……お話中もうしわけないけど、ちょっといいかな」
私は窓の外を指さし、御神渡りについて話している黒神由貴とマキノくんに、声をかけた。
「あの、今話してる御神渡りって、もしかしてあれのことなのかな……?」
私の言葉を聞いて黒神由貴、マキノくん、大坪ミキの三人が窓の外を見たとき、店の入口のガラス扉が大音響と共に砕け散った。