黒神由貴シリーズ

遊女無惨絵始末 1


 私、榊真理子(さかきまりこ)としては、やはりきっかけはニコラス・ケイジだと思う。
 んー、つまり、こういうことだ。

 昼休み、私はクラスメートたちと食後の馬鹿話をしていた。
 そこで映画の話になり、ニコラス・ケイジの話題になったのだ。

「うっそ。あんなズルムケのどこがいいのさ」

「2枚目か3枚目かわからないし、ヌペッとした顔で」

「その割に主役をはった映画が多いのが不思議よねー」

「あ、私この間『8mm』ってのレンタルした」

「あー、あれね。人が殺されるところが映ってる映画とかって」

「そーそーそ」

「あれって、本当にあるのかな」

「本当にって……人が殺されるところが映った映画?」

「うん」

「……どうだろねー。いわゆる都市伝説じゃないの?」

「ホラーマニア受けするネタだろうけどね」

「……やっぱないのかなあ」

 私たちがそんなことをしゃべっている近くで、黒神由貴が何か本を読んでいた。
「人が殺されるところが映った映画」というあたりで、ちらっとこちらに目をやったが、それだけだった。

 学校からの帰り道。私は黒神由貴と二人で歩いていた。(最近のパターンだ)
 ふっと思い出したように、黒神由貴が言った。

「真理子。お昼にスナッフ・ムービーのこと話してたでしょ」

「なにそれ」

「あ。ああ、そうは言ってなかったっけ。ほら、『人が殺されるところが映ってる映画』よ」

「ああ。うん。それが?」

「そういうのに興味があるわけ?」

「あ、いやあの、ははは、くっだらないよねー。そんなの実在するわけないのに」

 私は照れまくって言ったが、黒神由貴は私に顔を近づけ、言った。

「映画じゃないんだけどね……あるのよ。そういうのが本当に」

「……え?」



 で、日曜日。
 私と黒神由貴は今、「延嶺寺(えんりょうじ)」という寺の前に立っている。

「ねえ、くろかみー。K駅もそうとうなもんだったけど、ここも、えーと、……なかなかねえ」

 私は言った。

「正直に言えば? ボロいって」

 黒神由貴は苦笑して言った。

「……じゃ、入るわよ」


「よくいらっしゃいました。今日はわざわざありがとうございます。さあどうぞ」

 延嶺寺の御住職は、大歓迎してくれた。

 ───ん?

 何か引っかかった。
 私たちは、「見せてもらいに」来たのではなかったっけ?
 今の御住職の言葉は、なんだか私たちが「頼まれて」来たように聞こえるのだが……
 ま、いっか。

 案内されたのは寺の本堂だった。
 少し待たされた後、御住職は紫の布に包まれた平らな箱を持ってきた。

「──これが、『遊女無惨絵』でございます」

「絵……ですか」

 私は言った。

「さよう。肉筆の浮世絵です。遊女が殺されゆく姿を描いた……
世にもおぞましき、呪われた絵……」

 そして、御住職は「遊女無惨絵」の由来を語りはじめた。

参照:遊女無惨絵縁起

 箱を包む紫の布が解かれた。
 中にあったのは、木箱であった。
 その木箱を見て、そのとき初めて私の背にぞっとするものが走った。
 それまでは、ちょっとドキドキしていただけだったのだが、そんなぬるい思いは吹き飛んでしまった。

 箱の四辺それぞれに「御札」が貼ってあったのだ。

 その御札を1枚1枚はがしてゆく御住職の手がかすかに震えているのを、私は見のがさなかった。
 箱の蓋が開かれる。
 絵の束を取り出し、御住職はそれを私たちの前に置いた。

「それでは、私はちょっと準備することがございますので、どうぞゆっくりとご覧下さいませ」

 そう言うと、御住職はどこかに行ってしまった。

「くろかみー。……御住職、どっかに行っちゃったよ」

「御住職もいろいろと用事があるからね」

「……そう言えばさあ、お寺に入るとき、御住職は『わざわざありがとうございます』って言ってたのよねー。
それって、なんかおかしくない? 私たちがお願いして見せてもらいに来てるはずだよねえ?」

 私は、さっきから感じている疑問を黒神由貴にぶつけてみた。

「そうお?」

 って、おい、それだけかい。

「……じゃ、私もちょっと。真理子、先に見てて」

 黒神由貴がそう言って立ち上がったので、私はうろたえた。

「ちょっちょっちょっ! なにっ? じょーだんじゃないわよっ! 一人にしないでよー!」

「大丈夫だって。すぐ戻るから、絵を見てて。じゃね」

 行ってしまった。薄情なヤツだ。

 仕方ない。
 私は、目の前に置かれた絵にかかった、保護用の薄紙を取った。

1枚目。
2枚目。
3枚目。
4枚目。

 絵を見てゆくにつれ、私の体が震え始めるのがわかった。
 恐怖のためではない。
 もちろん怖いのだが、悲しみと、それをはるかに超える怒りのためだ。

 こんなことが許されていいはずがない。
 もちろん、この現代だって、目を覆う惨劇はいくらでもある。
 でも。
 自分が無惨に殺されてゆく姿を。
 いつまでも人々の目にさらされるようなことが。
 あっていいはずはない。

 「モデル」の遊女が成仏できないのも当然だ。
 いくらでも、化けて出てやればいいのだ。

 そして、5枚目を目にしたとき、私の頭の中で、火花が散った。

アタマノ ナカガ

マッシロニナリ……


 我に返ったとき、まわりの様子が一変していた。
 私は本堂で「無惨絵」を見ていたはずだった。
 私の前には、寺の御本尊が鎮座していたはずだった。

 今、私の目の前の風景がなんなのか、私は理解しかねていた。
 ぼうっとした、セピア調の明かりの中に、何人もの人がいた。
 話し声。はやしたてる声。笑い声。

 そして──うめき声。

 私の目の前の風景は、5枚目の無惨絵そのまま……

 ──違う、そうじゃない!

 私は、遊女が惨殺される、その場にいるのだ。


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